第一章「出会い」
世界はつまらない。 生きていることがつまらない。 そう思っている男が、男がよく通っている飲み屋にいた。
その男はこの国の騎士が着ているような鎧、マントを着て、腰には一般的な剣よりも細く反っている剣――この国では珍しい武器――を携えていた。さらに、この国、エンセン王国騎士団の頂点に君臨するウォール騎士団に所属する証のエンブレムが鎧の肩部分にしっかりと刻められている。
別に成ろうと思ってこの騎士団に所属したわけじゃない。
剣の腕を磨くのだけを生きがいにして、毎日毎日、修行をしていたら知らぬ間に成っていた。
最初はそのことを誇りに思っていた。
若くして所属するのはとても珍しいことで、何よりも何も誇れることがなかった自分が剣の腕で王国に認められたわけだ。
『国を守る』。
そう張り切るのは極当たり前のことだ。ただ、どんなに綺麗に見えても汚いところはあるわけで、それはウォール騎士団だって例外じゃない。
命令があれば人を斬らないといけない。
国を護るためという理由のためにその男はいったい何人の人を殺めただろうか。
普通の敵国の兵士だったらまだ割り切れた。でも、どうみても幼い子供や非力な老人。
命令のせいでそういったものまで殺してきた。
正義とはいったいなんだろうと何回も自問自答を繰り返したが、その度にわからなくなっていく。
男はふと周りを見渡してみる。
楽しく話すカップルや、おっさんや、おそらくクライシスより階級が低い同じ国の兵士が 楽しく飲んでいた。
その姿を見て、すでに微笑ましい光景だと思えず、滑稽だと思ってしまうほど心が汚れてしまっていた。
「はぁ…」
今日だけでもう何回のため息だろうかと考えていたらそっと自分が注文していたお酒がテーブルに置かれた。
「おやおや、天下のウォール騎士団の団員がため息かい?」
見慣れた顔が視界に入る。
短い銀髪にバンダナをつけ、ちょび髭をはやしている、いかにも近づくと暑苦しい厳つくて、若干歳がいっていそうな男性――名前はバーン・ロジャー――だ。
「師匠……」
彼はこの男の剣とは何たるかを教えてくれた本人だ。
この道に引きずり込んだ張本人と言っても過言じゃない。でも別に恨んでいるわけじゃない。
そもそも恨む権利がこの男には無い。
戦争で孤児になった自分を拾って育ててくれたのが彼なのだ。
名前すら無かった自分にすべてをくれた張本人なのだから…。
「師匠はやめろ。 もう俺はただの飲み屋のマスターさ。それに、今、俺よりお前のほうが強いよ。クライシス」
クライシス――本名、クライシス・ロジャー――はテーブルに置かれたミートソースのスパゲティを一口食べ、トマトの絶妙な酸味が口の中に広がる。
「それでも俺に取っては師匠だ」
「やれやれ、いつになったら父親と呼んでくれるのかねーこいつは」
このやりとりもいったい、これが何回目だろう。 もう数えることが面倒くさくなるほどしていることは確かだ。
クライシスもバーンのことは師匠ではなく、育ててくれた父親だと思ってはいるが、そこまで甘えることが彼には出来ないでいた。
すべてスパゲティを平らげると、お代をテーブルの上へと置いてそっと席から立ち上がる。
「おい、クライシス、もう行くのか?」
「あぁ、美味しかった。多分明日も来るから」
バーンに一言言ってから店の外へと出る。
もう外は真っ暗で空を見上げると星が綺麗に光っている。
暗い道をひたすら歩いて行く。
クライシスの住んでいるウォール騎士団の寮は少しこの街から離れたところにあるため、いつもこの街からだと少し歩かないといけない。
街から抜けると、広大な畑が広がり、人気の無い道に抜ける…いつもなら。
今日は珍しく人気があり、数人の男たちがいた。
クライシスは特に興味がなかったのでスルーしようとしたが…。
その横を通り過ぎる時に背筋が凍る感覚が襲った。
反射的に男たちの方を向き、腰にさげている剣に手をかけてしまうほどの殺気だった。
この殺気はただ者じゃない。明らかクライシスより、一つ、二つ上手の強者だ。
男の集団たちからの殺気だと思ったがどうも違う。
その殺気は集団たちの中心にいる。
「気のせい……か…?」
だが、殺気は一瞬で消えた。
「おい、お前、何か用か」
集団の中の男一人がクライシスに気付いた。
剣に手をかけていた為か、もの凄い形相で睨んできた。周りにいた男たちもこちらを振り向けば睨んでくる。
「いや、何でも無い」
とりあえず、剣から手を離し、こちらは敵意など無いと言うことをアピールはしてみるものの、今さらそんなことしても効果は無い。
現に、男たちはクライシスを囲み始めた。
面倒なことになった。
まさしく、クライシスは『絡まれてしまった』わけだ。
大抵、町中でも絡まれてもウォール騎士団のエンブレムを見たらそれだけで尻尾を巻いて逃げいくのだが、今は夜のため、エンブレムに気付かない。
クライシスは心底面倒くさい顔をしながら辺りを見渡す。
「……ふむ……全員で十二人か」
人数を冷静に確認する。
いかなる時でも冷静に情報を集めて判断するのは基本的なことで、クライシスには容易い。
ぱっと見てもどれも隙だらけで、明らかに自分より弱い。クライシスはそう思った。
「おい、俺たちも別に悪魔じゃない。痛い思いしたくなきゃ身包み全部出せば許してやるぜ」
リーダー各らしき男が一歩前に出てくる。 どうやらこいつら最近この当たりで話題になっている盗賊の集まりみたいだ。
「はぁ…わかったよ」
クライシスは懐から金が入った袋を取り出せばそれを男の前の地面に落とすように投げた。
「わかれば良いんだよ。あんたみたいな素直やつ俺はす…がぁ…!?」
男が袋を取ろうと視線を袋に落とした瞬間、クライシスはおもいきり男の顔に蹴りを入れた。当然男は地面に倒れて、一発KOとなった。
多分、あれは鼻の骨ぐらいは確実に折れただろう。
「す…?すまんなぁ。良く聞こえなかった。ちなみに、俺はあんたらみたいなやつは反吐が出るほど大嫌いだ」
「な…お前!良くもやったな!」
残り十一人。
当然、怒った男たちは剣を抜き、そのうち何名かが勢いをつけて斬りかかってきた。
クライシスは体を横に逸らして最初の一撃を避け、勢いが余った男に足を掛けて転ばせる。 それをすると同時に後ろから切りかかってきた男より早く体を捻り、避けた後、すかさず首に首刀を入れる。
「どうした?もう怖じ気づいたのか?仕方ない。ハンデをやろう。剣は抜かないでおいてやる。纏めてかかってこい!」
残り九人…。
次から次へと襲ってくる男たちを無駄の一切無い動きでクライシスは倒していった。
そして…。
「ふぅ・・食後の運動にすらなりゃしないな」
しばらくすると、クライシスの周りには返り討ちにあった男たちが倒れていた。
地面に落ちていた自分の財布である金が入っている袋をひょいと拾い上げれば懐へと入れ、さっさと宿舎に行こうとした瞬間… 。
「……!?」
クライシスは見たこともない少女が自分のマントの先を持って、引っ張っていた。
「子供…?」
とっさに前に飛んで距離を取ってしまったため、恐る恐るその少女に近づく。
暗くて良くわからないが、その少女は腰ぐらいまで伸びる髪をしており、背は小さめで、服装はここら周辺では見ないような不思議な服装をしていた。
手を伸ばせば頭を撫でることが出来るところまで近づくと、少女はクライシスの顔を見上げてにっこりと微笑んできた。
「君、名前は?家はどこだい?」
試しに声をかけてみるが笑顔で見上げてくるだけで、何も答えない。質問を変えたり、しゃべり方を変えたりいろいろ試してみてもやっぱり何も答えない。
「(…なんだ?もしかして、捨てられた子か?)」
クライシスは面倒なことになったと嘆きながらもこの子一人置いて行くわけにも行かず、でも、
宿舎に連れて行くわけにもいかない。
クライシスも行く宛がないところをさ迷っているところにバーンに拾われたから尚更ほっとけないのだろう。
「はぁ、仕方ない。ついてこい」
少女の手をそっと取り、ゆっくりともと来た道を戻った。
先ほどまで居た店の前に少女と共に立つ。店はまだ明るいし、客の声が聞こえてくる。
だからまだ入って良い筈なのだが、クライシスは入れないで居た。翌々考えてみたらお世話になった師匠にこれ以上お世話になって良いのか疑問に思ったからだ。
「……なぁ、腹減ってないか…?」
少女は相変わらず、無言だ。さっきから話しかけても何も答えてはくれない。ただ、道が暗かった時は良くはわからなかったが、町に入って、明るくなってから改めて少女を見ると、彼女は、すべてを飲み込んでしまうような綺麗な青色の髪をしており、目も青眼をしていた。
顔は整っており、何処かの国に姫様なのかと思ってしまうほどの気品があった。
「……返事は無しか…」
この質問だけは返事をして欲しかった。自分から入る勇気が無かったので、【入る理由】を作りたかったからだ。彼女がお腹空いたと言ったらすぐ入るつもりだった。
「仕方ない…」
心の中で決心を決め、扉に手をかける。いつもは軽く感じる扉が今日は鉄の扉でも開けているのかと思うぐらい重い。
「いらっしゃい。今日もう店じ…おお、なんだ。クライシスじゃないか。どうした?」
いつもの様に店に入るとバーンが出迎えてくれた。バーンはこんな時間に来るのが珍しいためか、驚いた顔をしていた。
「師匠…少し、この子に何か食べさせてやって欲しいんだ」
クライシスの後ろに隠れていた少女は少しだけ首を出してバーンの様子を伺っていた。
「…そりゃ、かまわねぇが…その子は…?」
「それが、良くわからなくて…たぶん、捨てられた子だと思うけど…さっきそこで拾ってきたんだ」
「拾ってきたって、お前な…まぁ、良い。座って待ってな。今日はもう店仕舞いなんだ。店を閉める。その時にゆっくり事情を聞かせてくれ」
ロジャーは他の客のお会計を済ませると、客は店から出て行った。店の中はバーン、クライシスと少女の三人だけとなった。
「他の従業員は?」
「今日はもう帰らせた。あまり客もいなかったからな…お前も何か飲むか?」
「いや、俺は水だけで良い」
バーンが厨房の奥へと消えていくと、クライシスは溜息をついて近くの椅子へと座る。少女もクライシスの前の椅子へと座り、座ってから一度、店の中を見渡し、その後、クライシスの顔を見て子供らしい笑顔を見せた。
「はぁ…」
それを見て、さらにクライシスは溜息をついてしまう。どうして、こんな面倒なことに首を突っ込んでしまったのだろうと後悔までしている。本当ならもう宿舎に帰り、今頃気持ち良く寝ている時間帯なはずなのに。
「なぁ、もう一度聞く、君の名前は?何処から来た?両親は?」
「………」
やっぱり返事はこない。ただ、少女はいつも笑顔のままでこちらを見てくれば、何か言ってきた。
それはクライシスの知らない言語で、何を言っているのかが、全くわからない。
「お前、何言って…」
「お待たせ」
バーンが店の奥から出てくると、テーブルにクライシスが先ほど食べた物と同じスパゲティが置かれる。
「たーんと、お食べ、嬢ちゃん」
「………」
じーっと、スパゲティを見る少女。
「………」
フォークを持ち、恐る恐るスパゲティを口に運ぶ。
「……!?」
目の前の物が食べ物で、美味しいことがわかった刹那、凄い勢いでスパゲティを食べ始めた。
「全く、野良猫でも見ている気持ちだ」
「そう言うなクライシス。お前も最初はこうだったぞ」
「それを言わないでくれ」
「ははは…さて、どうするんだ。クライシス、これから」
クライシスは水の入ったコップを手に取ると、一口飲んでから深く溜息をついた。
「どうするんだろう…たぶん捨てられた子だからな」
「警備兵に頼んでも良いが、・・・お前も、この国の孤児がどうなるかぐらいは知っているはずだ」
この国には警備兵と言う、役職…警察の様な組織がある。その警備兵は盗難や、強盗、殺人などが起きた時に動く組織だが、この様に孤児の子を引き受けてくれる組織でもある。表上、何処か引き渡す家庭を探してくれることにはなっているものの、実際はその孤児を国の為に働かせたり、売ったり、めちゃくちゃだ。もはや、警備兵自体が腐っていると言っても良い。しかし、貴族達の後ろ盾がある為、国民がどれだけ訴えても取り消されてしまう。いや、取り消されるぐらいならまだマシだ。酷い時は文句を言ったやつが侮辱罪に問われて、拉致監禁、更には拷問まで行われると言う始末で手がつけられない。
「わかってるよ。あいつらに引き渡すぐらいならこの子の為にも、この子を殺してあげたほうがマシだ」
「おい、クライシス、そんなこと冗談でも子供の前で言うな」
きっと、少女は何を言っているのかわからないのだろう。スパゲティを食べ終わった後、こちらに首を傾げて見て来る。
バーンが口元にケチャップを付いている少女の口元をタオルで拭く。少女はきょとんとした表情をしていた。
「はぁ、すまん。言い過ぎた」
「とりあえず、クライシス、明日、大事な任務があるんだろう?」
「あぁ、ちょいと野暮用がな」
「なら今日は帰れ。この嬢ちゃんは俺が預かっておく」
「良いのか?」
「良いも、何も、騎士団の寮に連れて行くわけにもいかんだろう」
「すまない…師匠」
「いいてことよ。困った時は親を頼れ。それが息子の特権ってやつさ。俺もこの嬢ちゃんの身元を調べてみる。なぁに、飲み屋ってのは、いろんな情報が集る場所だ。それなりに情報が集るだろうさ。クライシスも、自分の特権を有効に使って調べてくれよ」
ウォール騎士団に入っている者は、全員、軍の階級で言うと大尉以上の権限が与えられている。
クライシスは実力的には少佐クラスなのだが、年齢が年齢だけに、まだ大尉止まりだ。大尉クラスの階級になれば、情報操作などのいろんな無理が聞くことが出来る。しかし、クライシスは自分の階級の特権を使ったことが無い、否、使いたがらない。
何故か、使ったら自分が自分じゃなくなる気がしたからだ。使ってしまったらもう、いつもの自分に戻れない。
根拠の無い思考だが、彼はそう信じこんでいる。
「あ…あぁ……わかった。俺も調べてみる。それじゃ、明日に…また」
「おう。まぁ、お前だから大丈夫だと思うけどな…死ぬんじゃないぞ」
席から立ち上がり、ゆっくりと頷くクライシス。
バーンから視線を少女に移した。
「………」
何も言ってこなかったが――もっとも言ってきたとして理解は出来ないが――にっこりと微笑んできた。
クライシスもぎこちない笑みで返し、店の外に出た。
「そう言えば、最近笑ってなかったな…」
自分が最後にいつ笑ったのかと記憶を遡っても思い出すことが出来ない。
「……………」
夜道を歩きながら無言で再び笑みを作ってみる。
「馬鹿らしい」
その笑みは長続きはせずにいつもの無表情に戻り、いつも通りにいつもの歩調で慣れている道を戻っていった
第二章「ウォール騎士団」
いつもと変らない朝。
例外は無く、今日一日もこの瞬間から始まる。
あの少女と出会ってから寮にクライシスは帰ってはすぐさま熟睡した。
寝れる時は寝て置けと言う師匠の言い付けを幼いころから守っている故に、直ぐに寝付けるのがクライシスの特技の一つになっている。
顔を洗って、集合時間に間に合う様に素早く鎧を着込んだ。
「短剣良し…仕込みナイフ良し」
各種装備をチェックした。
「良しと」
最後に愛用している、剣を腰にぶら下げ、部屋から出て行く。
進むのが重い。
装備品が重いからと言う理由もあるが、精神的にもあるのかもしれない。
「はぁ…」
無意識に溜息がこぼれる。
でも、外に出るとその憂鬱な気分も一気に吹き飛んだ。
「うぉ!?」
いきなり自分の半分ぐらいの背丈がある大剣が自分めがけて振り下ろされたからだ。
クライシスは反射的にそれを避ける。
だが、避けられたら直ぐに次の斬撃がくる。思わず、見とれてしまうほど鮮やかな動きだ。
今度は流石に避けきれないと判断したクライシスは自分の愛剣を素早く抜刀し、直前のところで当て、大剣の軌道を変えた。
普通ならこの後、次の行動に移るクライシスだが、今回は動かなかった…いや、【今回も】だろうか。
「はぁ…またか、ローラ」
目の前に居たのは敵では無く、同じウォール騎士団の仲間でもある、ローラ・シルバークと言う名の女性だ。
ブロンドの長髪で、目は碧眼といった、変った雰囲気の持ち主だ。
ローラはたまにこうやって攻撃をしてくる。
一度、国の大きな大会でクライシスとの戦いではローラはクライシスに負けたことがあり、そこからこの様な関係が始まったことで、クライシスは正直困っていた。
しかし、困っているだけで、別に嫌ではない。
あの時の大会でローラとの戦いはクライシスの人生の中で一番奮闘して、一番、【心の底からわくわく】した戦いだった。
そして、この世界にこれほどまで強い奴がいると教えてくれたのだから、感謝しないといけない。
「お前が朝からそんな顔をしているから悪い…行くぞ」
大剣を軽く、背中に装備している鞘に収めると、いつも通りの冷たい口調で言っては、広場の方にスタスタと歩いていった。
「ふぅ…」
やれやれと肩を竦めてからクライシスも広場へと向かうと、もうすでに隊長を初めとする仲間達が整列していた。
「クライシス、ローラ、遅いぞ。そこに並べ」
『了解」
この騎士団団長であるヴェルディ・グリフィス。
前の大戦で、活躍した英雄と称えられている男だった。年は四十を過ぎているらしいが、 そうとは思えないほど若く見える。
クライシスの父であるバーンとは戦友だったとクライシスはバーンから聞いていた。
「皆、そろったな。ならば作戦説明を開始する」
団長からの作戦説明…また醜い戦いが始まろうとしていた。
「今回、国家反逆罪を匿っている村があると報告を受けた。その村の名はソディ村、ここより歩いて二時間ほどの場所にある村だ」
ソディ村。
別にめずらしくもないエクセン国には何処にでもありそうな小さな村だったことをクライシスは記憶していた。
「それで、国王直属の私たちウォール騎士団がこの国家反逆罪を排除するよう命を受けた」
「………」
『またいつものことか…』
とクライシスは隊長の言っていることを悟りながらもただ、青い空を見上げていた。
「とりあえず、まずはその村へと向かう。それと村に着きしだい、私からまた命令事項を伝えることする。いいな」
『は』
「よろしい。では出発だ」
整列していた十名ほどのウォール騎士団員が団長を追いかける形で歩き出す。
このウォール騎士団は少数精鋭と言う理念があり、隠密行動、王の護衛、戦争行為の参加、などと行った様々な任務を任されている。
馬小屋まで行くと、各員専用の馬に跨った。
「それにしても、国家反逆罪ねぇ……あの村にそんなあぶねぇ奴が居るとはおもわねぇけどな」
クライシスの後ろに着いてきている男が陽気な声で話しかけてきた。
「さぁな、ここ最近は国の連中が何を考えているのかさっぱりだ」
「だよな。今回の任務だって別に俺達を使わなくたって済みそうな話なのによ。あー、めんどくせぇ」
「そう言うなって。グレン。命令なら従うしかないだろ」
グレン・カスール。
それが陽気に話す男の名で、このウォール騎士団の一員である。
金髪の碧眼の、男としては髪が長めだ。その長い髪を後ろで束ねている。
戦闘能力はクライシスを凌駕する(自称)双剣使いだ。しかし、如何せんめんどくさがり屋な上に陽気な性格で、クライシスは彼と本気でお手合わせをしたことがない。模擬戦、試合で戦うことになってもいつも自分から棄権するか手加減されることがほとんどだ。
そんな男が何故、ウォール騎士団に居るのか不思議で堪らないが、ここに居ると言うことはそれなりの戦闘能力を有しているのは明白だ。
それに手加減してくると言うことは自分が相手より優れていなければ出来ない芸当だ。
自称ではあるが、もしかしたら本当に自分より強いのかもしれないと密かにクライシスは思っている。
「でもよー、どうも最近の作戦ってこんなことばっかじゃん。はぁ、早くかえりてぇ」
「…………」
極たまに本当にめんどくさがり屋なだけじゃないかと疑問に思ってしまうこともあるが…。
馬で移動し始めて一時間ほど立った。漸くソディ村へと騎士団は到着した。
「村長はおるか!」
団長が馬から降りて村全体に響かせる為に大声をあげた。
他の団員達も馬から降りて、団員の後ろへ整列する。
「は、はい。私が村長ですが」
大声を上げた後、何事かとこちら不思議そうに小屋や家から人々が出てきてはウォール騎士団を見てきていた。
そのうち中年の小太りしたヒゲの生やした男が団長の前に現れた。
「私はウォール騎士団ヴェルディ・グリフィス大佐だ」
「はぁ…そんなお偉い様が何様ですかな」
「貴村には国家反逆罪を匿った罪が問われている」
「国家…反逆罪…?」
「すぐに犯罪者の身柄を引き渡せ。さすれば、この村には手を出さん」
「ま、待ってください。私にはさっぱりで…」
「ほう…しらを切る気か」
「そんな!しらなど切ってはおりませんぬ!」
二人のやり取りをただ黙って見ることしかできなかったクライシス。
「おいおい、団長さん、知らねぇって言っているんだからよ。何かの間違いじゃねーのか」
クライシスとは対照的で、グレンはいつもの口調で団長に声を掛けた。
「グレン…お前は黙っていろ」
「……へいへい」
「…村長…最後の警告だ。犯罪者を差し出せ」
「だから、何回も言わせないでくれ、ここの村にはそのような人はいない」
「そうか、残念だ」
団長が自分の腰につけているロング・ソードへと手をかけた瞬間、クライシスは自分の目を疑った。
「な…ぐへっ…」
村長の首元を躊躇わずに切り込んだ。
凄まじい血が村長の首から出ているのを冷酷な目で隊長は見ながらこの任務の命令を叫んだ。
「村を殲滅せよ!」
「なっ…!?」
団員達は全員、自分の耳を疑った。
「どうした。命令が聞こえなかったのか」
漸く事態を呑み込めた団員は自分の武器をそれぞれ構えて、村人達に襲いかかっていく。
当然聞こえてくる村人達の悲鳴の…。
「な…なんで…」
クライシスとグレンだけは、その場に残っていた。
「…二人とも、何をしている。早く持ち場につけ!」
「……あいよ」
いつも呑気な顔をしているグレンだが今日は、怒りを隠しきれない顔になっていては、良く見ると 体を震わせている。
グレンはそのまま村の奥へと消えていった。
「団長…何故、村人を…」
「クライシス大尉、私の命令が聞こえなかったのか。持ち場につけ」
「なら教えてください!何故、村人を殺さないといけないのです!彼達は非戦闘員です。こんなことして良い訳がありません!」
「…言いたいことはそれだけか」
隊長からの鋭い視線。それは殺気に似ている視線だった。
「もう一度だけ言う、クライシス・ロジャー大尉。配置につかんか!」
「…くっ…」
これ以上何を言っても無駄だと判断したクライシスは自分の剣を構えてその場から走り去る。
『国家反逆者さえさっさと見つけるしかない』
見つければこの無駄な任務は終わるはずだと思った。
結局、この任務は二時間ほどで終了し、国家反逆罪は教会の地下へと匿われていた。
見つけたのはグレンだった。
グレンもクライシス同様に逃げ回る村人達を無視し、国家反逆罪の問われている人物を必至に探していたのだ。
その国家反逆罪の人物を見た時にクライシスは目を疑った。
目の前の人物は本来国王の横にいるべき存在である人物だったからだ。
「が…ガノン将軍…」
ガノン・スミノルフ。
このエンセン王国において将軍の地位については様々な戦などで王様をサポートしてきた人物だ。
人望も強く、国民からも厚く信頼されていた。そして何より、このウォール騎士団の創設者であり、初代団長を務めた男だ。
「俺も最初見た時は、驚いたさ。なんでこんな所にガノン将軍がと思っていたら自分が反逆者だって言うしな。一応、拘束してから団長に確認したら事実だってよ…」
「何故、ガノン将軍が国家反逆罪者なんかに…」
縄で縛られたガノンはクライシス達の前を通り過ぎさる時、ただ一言、
「王は変わられてしまった…」
とだけ呟いた。
結局、村人百名ほどの命と引き換えにこの日の任務は終了した。
第三章「アリア」
ウォール騎士団の寮から町に向かう道。
周りは真っ暗で月明かりだけが照らしている。
そんな中をクライシスは一人で歩いていた。
歩いている最中、今日の作戦で聞いた村人の悲鳴が頭から離れない。
今まで、罪の無い人間を殺めた場面を見たこと、自分が殺めたことはあったがここまで大規模な非戦闘員への虐殺行為は初めてだ。
寮に帰ってからクライシスのことを心配したのかローラが水の入ったコップを無言で差し出してそれからまた離れていった。
グレンは、
『この道に残りたかったら早く慣れるこった。ふぁー、ねむてぇ、俺はひと眠りつくわ。お疲れさん』
と別れ際にいつもの様な陽気な声で言っては自分の部屋に戻って行った。
何故、あの二人は簡単に割り切れてしまうのかがクライシスにはわからなかった。いや、わかっている、自分が精神力が足りないことぐらい。しかし、罪の無い人を殺める行為だけは慣れたくはない。
それに慣れた時は自分が人間で無くなる時だと、クライシスは思っているからだ。
それにあのガノン将軍が国家反逆罪だったことも頭から離れない。なりゆきで入団を進められたとはいえ、ウォール騎士団に入団を決めたのはガノン将軍の武勇伝をバーンからいろいろ聞いていたからだ。実際、入団式の時に会えて、将軍からエンブレムを受け取った時は心躍る気持ちになった。
そんなクライシスだからこそ、今回の件で、裏切られた気持ちに似たような感情に心を締め付けられる。
頭から離れない考え事をひたすら考えて答えを求めていると、いつの間にかいつも来るのが日課となっている飲み屋の前に着いた。
昨日より、扉を開けるのが辛い、しかし、今は一人になりたくはない。
店の中からはいつもの様に客の笑い声などが聞こえてきている。
「…入るか」
店に入ることを心に決め扉に手を掛けようとした瞬間…
「………」
扉が開いた。
開けた相手は昨日出会った少女だった。
少女は昨日とは違って服がこの町では極普通な衣装を着ていて、ストールを羽織っている。
そして、見とれてしまうような青い長い髪、青眼…。
「え、えーと…」
どう声を掛けて良いかわからず、困っていると少女は笑顔で
「おかえり!」
としっかりと言った。
昨日の様子からするとこの国の言葉は喋れないと思っていたクライシスはかなり驚いた。
「え、えーと…た、ただいま」
少女は店の中へと戻って行く。
クライシスもそれに続くように店の中へと入っていた。
「いらっしゃい。お?おぉ、クライシスか」
お客にビールを届けていたバーンがクライシスに気づき近寄ってきた。
「どうだった?今日の任務は」
「………」
「その様子だと良く無かったみたいだな…まぁ、良い。とりあえず飯でも食べてけ」
バーンの聴きなれたいつもの口調が今のクライシスには心地が良かった。
店の隅っこにあるテーブルの席がクライシスの特等席であり、今日も例外は無くそこに座った。
「ほい、水だ」
「あぁ、ありがとう師匠」
水を受け取り、改めて店の中を見渡していると、先ほど出迎えてくれた少女がクライシスの対面の席に座ってきた。
「ところで、師匠…」
「う?どうした」
「この子、言葉話せたんだな」
「あぁ、俺も驚いたさ、店においてある本を読み始めて、夕方からはお客の会話を興味津々に聞き始めたと思ったら、いきなり話はじめた。どうしたんだと聞いたら学んだって言ってな…もっともまだ簡単な言葉しか理解できないみたいだけどな」
昨日の何か言葉みたいなのを喋っていたので、決して声が出せないわけじゃないとクライシスは思ってはいたが、そんな短時間で言葉など覚えられるのだろうか。
しかし、現に話せたのだからそれが現実なのだろうとクライシスは受け止める。
「大した暗記力と、ヒアリング力だな…、それで服は?」
「服は従業員の女の子がな、お古で良ければってことでくれたんだ。どうだ?似合っているだろ」
「あ、あの…」
クライシスとバーンが話し込んでいる所に少女が話にいきなり入ってきた。
クライシスとバーンは驚きつつも少女の顔を見る。
「昨日はありがとう」
礼儀正しくきっちりとお辞儀をした少女。
「い、いや、助けたと言うか、成行きの上で助けた形になったからお礼は言うことはないって」
「そうだ、そうだ。こいつもたまには人助けせにゃいかんから気にせんで良いぞ」
「師匠は黙っていてくれ」
「………」
少女は首を傾げてクライシスとバーンのやり取りを見てはにっこりと笑った。
「えーと、それで、何故あそこに君は居たんだ」
クライシスは聞きたいことは山ほどあったが、なるべく簡単な言葉で一つずつ質問をしていったが
『わからない』
『思い出せない』
の答えしか返ってはこず、少女の反応を見る限りでは嘘を言っている様にはクライシスには見えなかった。
「まぁ、思い出せないのなら仕方ないな。思い出すまでゆっくりここに居ればいいさ」
バーンは二人分のスパゲティを持ってきては二人の前に置く。昨日はミートソースだったが、今日はクリームソースだ。
「良いのか?師匠」
「良いも何もこんな少女を追い出すわけにはいかんし、部屋はお前さんが暮らしていた部屋が余っているしな。そこを使えば良い。それに、従業員からお嬢ちゃん評判が良いんだ」
「まぁ、師匠が言うなら有難いけど」
「ありがとうございます。『ししょー』」
「その師匠ってのは止めてくれないか。バーンって呼んで欲しい」
「はい、バーン」
「おう、それで良い…そういえば、名前も思い出せないとなると呼ぶ時不便だな。名前をつけてやらないと。クライシス、お前が付けてやったらどうだ」
「俺が…?」
いきなり名前の話を振られたので内心焦りながらも少女を少し観察する。少女は自分の名前を決められるのが嬉しいのか喜んだ表情をしていた。
そして観察の結果、やはり特徴的な綺麗な青髪に目が言ってしまう。
その青髪を見て出てきた名前が…
「アリア…」
だった。
「アリアか。良い名前だな。クライシス。伝説の女神アリアから取ったわけか」
「まぁな」
この国エンセン王国には一つの伝説が残っている。その伝説は昔、雨などがまったく降らず、川や池は枯れてしまい、農作物が育たなく、深刻な飲み水や食料問題になったことがあった。
その時に何処からか綺麗な青髪である『アリア』と名乗った女性が現れると、雨を降せ、地下に水脈も見つけこの国の危機を救ったと言う。
以来「アリアの涙」と言う伝説としてこの国で語り続けられている。
「アリア」
その名前を聞いたアリアは首を傾げて何かを考えていた。
「君の名前だよ。わかるか。名前」
「アリア…私の名前、名前!」
アリアは名前を付けてもらったのがよほど嬉しかったのか椅子から立ち上がり、自分の名前を確認するかの様に何回もアリアと笑顔で呟いた。
「気に入ってくれたようだな」
バーンはクライシスの頭に手を置くと髪をくしゃくしゃにするように頭を撫でた。
「…師匠、やめろって恥ずかしい」
しばらくしてクライシスとアリアはスパゲティを食べ終わった。その後、アリアは自分に与えられた寝どころへと戻って行った。
「………」
三人で居る間は忘れていたあの戦場で起きた出来事を思い出してきて憂鬱な気持ちがよみがえってくる。思い出したくもない村人の悲鳴。それがクライシスの胸を締め付ける。
「さて、クライシス、今日はいったい何があった」
ワインの入ったグラスを飲みながらバーンは聞いてきた。
「…………」
「クライシス…あまり自分を追い込むな。追い込んだって良いことなんかないぞ」
「わかってる」
「いいや、わかってないな。お前は確かに強い…だけど、『人に頼る』強さを持ってない。だからもっと人に頼れ」
「…………」
「はぁ…まぁ、言いたくなかったら別に良い。軍の任務だ。言いたくても言えないこともあるだろう」
クライシスは今回の件を言おうか迷っていた。本当は言いたい。しかし、喉まで出掛った言葉を呑み込んだ。言ったところでどうなると言うんだ。師匠に迷惑をかけるだけじゃないのかと、そんな思考が頭から離れない。
「今日は飲め。クライシス」
バーンから差し出されたワインをクライシスは一気に飲み干した。
第四章「戦争」
「くっ…」
左右を見ると剣を構えた鎧を来た男二人が立っている。
こちらも自分の愛剣を構えては牽制する。
左側の男が剣で切りかかってくるのを剣で受け止めては左に体をそらし相手の体制を崩す。その瞬間、体制を崩した男に蹴りをいれて先ほど右側にいた男の斬撃をなんとか剣で受け止める。
その動きは訓練を受けていない一般人ではまず目で追えないぐらいの速さだった。
攻防を続けているうちに相手、男二人の集中力が切れてきたのか動きが鈍くなった。鈍くなった所で、仕込ナイフを投げた。そのナイフを弾いた男の懐に一気に入る。無駄のない動きで名前すらしらない男の急所を切り刻んだ。
「こいつ!」
もはや屍となった男を盾にするかの様に屍に蹴り、斬撃を屍に受け止めさせる。そこで致命的な隙が切りかかってきた男には生まれた。そこをクライシスは逃さず、確実に首元に剣を突き刺した。
すさまじい量の生ぬるい赤い血がクライシスにかかる。
「次だ」
かかった血を気にする余裕などは無く、次の相手に向かう。
現在、エンセン王国は隣国のバエリス国と開戦中だ。ただの戦争ならこの国は何度も経験をしている。しかし、バエリス国は昔からエンセン王国とは親交が深く、戦争などついこないだまでは起こるなど考えられなかった。
『バエリス国を攻めろ』
王からの命は軍、民衆すべて驚かせた始末だ。
それだけじゃない、民衆への度重なる重税、軍部の増強、外交への悪化。クライシスがアリアと出会ってからすでに一年ほど立っていたが、もはや国として政策が低迷していることは民衆から見ても明らかで、限界を感じている。
何回か民衆による暴動が起きたこともあった。その度にウォール騎士団などの軍が動き鎮圧していった。逆らう者は家族すら処刑までされてしまう。
何回もクライシスはバリエス国攻略作戦に対する抗議書を提出したがそれが受理されることはなかった。
どんなに攻めたくは無いと思っても結局は従うしかない。自分が従わないと自分だけならまだしもバーンとアリアまで反逆罪に巻き込んでしまうことになるからだ。
「おっと、クライシス。無事だったか」
次の作戦ポイントまで走って行く途中で見慣れた男が建物の影からでてきた。グレン・カスールだった。
「グレンこそ無事だったか」
いつもの様などこか抜けている顔だったのでクライシスも安心した。
「良い知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聴きたい」
二人で回りを警戒しながら一端走るのを辞め、グレンが聞いてきた。
「なら、良い知らせから聴こうか」
「了解、なら良い知らせからな。中央特殊連隊と第一、第二中隊、俺たちの隊長が率いるウォール騎士団の別働隊が城の内部へと突破した。この戦争も直に終わる」
ちなみに今クライシスが攻めているのはバエリス国の中枢である中央都市【ミィーズ】。
もともとバエリス国は軍事力が低い国であり、隣国のエンセン王国に守られる形で今まで存在してきた歴史を持つ。なので、今ではいろんな国を攻め、軍事国家へと成り果てたエンセン王国が本気を出して攻め入れられたらひとたまりもない。その証拠にこの中央都市まで攻め入るのに二か月ほどしか時間はかからなかった。
そして、クライシス達は城までの突破口を開く、別働隊への援護の任務を与えられていた。
ここまで来るのにいったい何人の敵の兵隊を斬ったかわからない。相手は戦闘員な故、前の村人への虐殺行為に比べて胸は痛まなかった。いや、考えるのを辞めていた。余計なことを考えると、気が散って戦闘に集中できず、自分が斬られるとクライシスは思ったからだ。だから、最初から斬った人数など気にしないようにしておいた。
「……早くこんな無駄な戦争を終わらせよう。グレン」
「おうよ。敵さんもわんさかまだ居ますからね。城に向かわせないように足止めしなきゃな。それで、悪い知らせなんだが…」
何処に潜んでいたかわからない敵の弓部隊の弓が容赦なく二人に襲いかかるが、二人は冷静に剣で飛んで来た弓を叩き落とす。
「おうおう、怖いねぇ!この辺りを任されていた第三剣兵中隊が苦戦して一度退却した」
建物の影へと咄嗟に隠れると今度は剣兵隊がこちらへと距離を縮め、二人を囲んでくる。
「おい、それって…」
「つまり俺達は完全に孤立した」
当初、聞かされていた作戦では相手側の指揮系統を乱すのが目的で、クライシス達数名が囮役になり、作戦終了後は第三剣兵中隊と合流するはずだった。
この絶望的な状況に溜息を吐いてから周りを見渡せば、弓部隊もこちらを狙ってきているのが見える。
「グレン…この剣兵はなんとかする…お前は弓部隊をなんとかしてくれ」
「なんとかしてくれってな、この状況でそれを言うか。お前」
「するしかないだろ!別働隊が戦争終わらせるまでの辛抱だ。グレン。それに大半の敵兵は城防衛に回っているはずだ。俺達二人居ればなんとかなるさ」
「たく、しかたねぇな」
グレンが弓部隊に向かって走り出すと同時にクライシスはそれを追わせない様に剣兵に斬りかかった。
複数相手でも相手の斬撃を冷静に裁いていく。その裁いている姿はたから見る打ち合わせでも事前にしているのかと思わせるほど動きは滑らかだった。なるべく弓兵から弓を貰わない様に意識しながらの立ち回りは自分の師匠であるバーンからしっかりと叩き込まれていたので自然と体が動いていく。
一人、また一人と確実に剣兵の急所を切り裂く。
今は別働隊を信じて戦い続けるしかなかった
第五章「帰還・不穏」
戦争は終わった。城に突入した別働隊が王の首を取り、この戦争は終結した。敵の残存勢力は王の首が取られたと知るとほとんどの兵は降伏をしたが、中には最後まで戦い抜こうとしたもの、自決をしたもの様々いた。
幸運にもクライシスとグレンを追い詰めていた部隊は降伏の道を取った。
「………」
今回ばかしは死を覚悟した。優秀な指揮官がいたのか、次から次へと統制が取れた兵が二人をきっちりと追い詰めたのだ。
逃げるところも読まれクライシス達の対策はすべて後手に回ってしまったほどだ。しかし、戦争が終わりを告げるラッパの音が聞こえてきた途端、敵兵からは攻撃を止めた。何故、あっさりとあの部隊は攻撃を止めたのか予測することしかクライシスには出来なかった。
「………」
「おい、クライシス、何暗い顔なんかしてんだよ」
「あぁ…」
「あぁ…じゃねーよ。俺達は戦争に勝ったんだぞ。もっと明るい顔しろよ。クライシス」
エンセン王国の帰る馬車に乗っている中グレンはずっと黙っていたクライシスを心配したのか声を掛けてきた。
「なんで、あいつらすぐ攻撃を止めたのか考えててな…」
「そんなのどうでも良いじゃねぇか。今は勝ったことと、生き残れたことを喜ぼうぜ」
グレンのその一言を聞いて、改めて馬車内を見渡すといろんな
兵が戦争中とは全然違って明るく話していた。
「それにな。クライシス。こう言う時は喜ばないと戦争した相手側の国に対して失礼ってもんだ」
「そうか…?」
「そうだ。そうだ。なぁ、ローラ」
今度はクライシスの隣に座っていたローラにグレンは声を掛けた。
「………」
「ローラ?」
しかし、返事は無く、ローラの方に視線を向けると気持ちよさそうに寝ている。その寝顔はいつものローラの表情からでは想像がつかないほど気持ちよさそうに寝ていた。
「こいつ…寝てるほうが愛想良く見えるんだな」
「きっと疲れてるんだよ。俺達と違って城の攻防戦に参加してたわけだからな」
グレンはまじまじとローラの寝顔を見ているグレンは言った。
「いたずらでもしてやろうか」
グレンはにやにやし手をわしゃわしゃと動かしながらながらクライシスのほうを見て言った。
『やめておけ』
とクライシスが言おうとした時にはもう遅かった。
いきなりローラの目が開いていつものジト目でグレンを見た刹那、グレンの頬を掴み抓ったからだ。
「いていてて!いてぇよ!ローラ!」
「こっちが安眠しているところを起こすお前が悪い!」
クライシスは二人のやりとりを見て馬鹿らしいとは思うが、作戦などを抜きで、三人で集まるとこの様にグレンがローラにちょっかいをかけるが故に頬を抓られることが多い。
「だいたいな!俺の方が年上なんだ。俺は先輩なんだよ。わかるか。ローラ!年上に接するマナーってのがなってねぇ!」
「お前の様な怠けものを先輩だと思ったことなど無いな。だいたい、強いかどうかも怪しいし、そもそも今はそんなことは関係ない」
「おぉ、言うね!よし、なら俺がグリード大戦での俺の武勇伝を聴かせてやるよ!」
グリード大戦…二十年前、大国二つで起きた戦争であり、クライシスにとっては決して忘れることができない戦争だ。
当時、この地はエンセント王国とアーフェット、タリア、ギアットの三カ国で結成された同盟都市の二大勢力で世界は動いていた。
エンセント王国と同盟都市の国境付近にはエンセント王国領土のグリードと言う村が存在し、同盟都市側に不法占拠された。外交で解決しようと当時の国の上層部は努力はしたものの国同士の睨みあいに民衆、軍部が痺れを切らし結局は戦争まで発展した。その戦争は十二年もの長い歳月で行われ、巧みな戦術と外交手段などによってエンセント王国の勝利として終結したのは今から八年前だ。
戦争で得たものは多い。しかし、決して無視できないほどの兵や民衆を失い、国境付近の村、町など特に酷かった。
その戦争で主人公が孤児となり、バーンに拾われたと言うクライシスには経歴がある。グレンは十八歳の時にこの戦争に軍の人間として参加したことをいつも語ってくる。この呑気な性格のお陰でほとんどの人間が自称武勇伝など信じてはいないが、グレンがこのウォール騎士団に所属していると言うことはあながち嘘は言っていないのだろうとクライシスは思う。
「またそれか、信じられるかそんなもの!もう良い、私は寝る。もう話しかけるな」
「お、おい。やれやれ…いつもに増して機嫌が悪いもんだ」
「お前が悪いってグレン」
「なんだ、お前、ローラの味方か?クライシス」
「いや、そうじゃないけどな。まぁ、良い。俺も少し寝ることにする」
「お前も寝るのか。ちぇ、つまんねーな」
先ほど深く考えていたことは二人のやりとりを見ていたらどうでも良くなっていた。
この二人にはいつも助けて貰ってばかりだと思いながらクライシスはそっと目を閉じ、何処でも寝れる特技と疲労のお陰ですっと眠りに落ちた。
エンセント王国の中心都市、エンセントに到着する。およそ二カ月ぶりに見る風景に安堵しながらもまず待っている報告書の山にげんなりした。
グレンと二人でさっさと作成し、くたくたになりながらバーンの居酒屋へと向かった。
ふと、道を歩いて気付く。
「あれからもう一年か…」
アリアとの出会った場所で立ち止まり辺りを見渡す。
出会ってからは言葉を教えたり、休暇の日にはバーンとアリア三人でちょっとした小旅行をした。
小旅行で盗賊に襲われ、バーンとクライシス二人で返り打ちにしたことを思い出し、思わず笑ってしまった。
アリアと出会うまではこの道のりを歩くのが辛かったはずなのに、今では心の底から行きたいと思ってしまう。
「俺も変わったよな…」
今は一刻も早く店(家)に行きたい(帰りたい)。
俺が無事だと一刻も早く二人に伝えたい。ただいまと言いたい。
勢い良く走り出したクライシス。
店の前まで辿り着けば、迷いもなく店の扉を押し、
「ただいま!」
と意気揚々と言った。
「おぉ、クライシス、無事だったか!」
聴きなれた声が帰ってきた。ここの店のマスターでもあり、クライシスの師匠でもあるバーンが店の奥から出てきた。
時間帯がまだ飯時じゃない為か店には客が一人もおらず、クライシスとバーンの二人しかいない。
「あぁ、なんとか無事だったさ」
「お前のことだから別に心配などしていなかったけどな…ほい、座れ、座れ」
「…師匠…アリ…ぐふ…!?」
店を見渡すとアリアの姿を見えなかったので聴こうとした瞬間…
「クライシス!おかえり!」
後ろからイノシシが突進するが如く、アリアが抱きついてきた。
「アリア…ダメだろ。いきなり抱きついたら」
「いいじゃない!ずっと待ってたんだからこれぐらい。それに帰ってこなかった罰よ!罰」
「仕方ないだろ?任務だったんだから」
抱きしめてくるアリアの頭を優しく撫でると気持ちよさそうな顔をするアリア。
それを思わず見とれそうになる中、にやにやしながらこちらを見てくるバーンに気付き、ゴホンっとわざとらしく咳払いをしてアリアと離れれば椅子へと座る。
アリアは言葉を覚えれば覚えるほど活発な女の子になっていった。いや、きっと元々この様な性格だったが、言葉を知らないが故に自分を表現しきれなかったのだろう。
「クライシス、あのね、あのね!」
凄い勢いで、この店を手伝い始めたこと、友達が出来たこと、さらに言葉を覚えたことなどこの二カ月で報告してきた。
その報告を頷きながら全部クライシスは聞く。報告を聴くだけで戦争をしてきたなんて忘れそうになってしまうほどだ。
「こらこら、アリア。クライシスも任務で疲れてるんだ。もっとゆっくり話してあげないと」
「えー、だってぇ!話したいんだもん」
バーンは店の厨房からミートスパゲティを持ってくると二人の前へとおいた。
アリアの話を聞きながらそのスパゲティを口へと運ぶ。二か月振りに食べるバーンのスパゲティは懐かしく、凄く美味しく思えた。
「良い子にしていたんだな。アリアは」
一通りアリアの報告を聴き終わったから頭をなでる。話すのに夢中になっていてスパゲティを食べていなかった故にスパゲティを急いで頬張ってるアリアがまた可愛く見えた。
「えへん!偉いでしょ。アリアは偉いんだよ!」
「偉い、偉い」
「じゃ、クライシス!今度、何処か連れて行って!面白いところに」
「あぁ、それじゃ…今度の休暇に何処か行こう」
「ほんと?約束よ!約束!破ったら許さないんだからね!」
「あぁ、約束だ」
時を告げる鐘の音が外から聞こえてくる。気が付けばもう寮に戻らないといけない時間だった。
「おっと、もうこんな時間か」
「おう、クライシス、また来い。今度は戦争のことを聴かせてくれ」
「明日の夕方にまた来るさ。その時に」
椅子から立ち上がるとアリアを見る。
「えー、もう帰っちゃうの?」
「もうアリアは寝ないといけない時間だろ?それにまた明日もくるから良い子にしてるんだぞ。おやすみ」
「うーん…わかった」
寂しそうな表情をしながらも帰ることに納得し、クライシスに手を振った。
その姿を見てからクライシスはその日は寮に戻った。
クライシスが寮に戻る為にバーンの店から出てからしばらく立つ。
「さぁ、アリア、そろそろ寝なさい。寝ないと明日が寝不足になるぞ」
「はーい」
閉店した店のテーブルに黙々と何かの絵をかいていたアリアに優しく声を掛けた。
アリアが椅子から立ち上がった刹那、店の扉が急に開き、複数人の男が店の中へと次から次へと入ってきた。
「なんだ、お前達…こんな時間に…店はもう終わったぞ。明日また来てくれ」
「…中央特殊連隊第零八小隊だ」
「中央特殊連隊…軍部の連中がこんな店になんの用だ」
「バーン・ロジャー。王令第百三十二条違反の容疑にかけられている。我々とご同行を願う」
「王令第百三十二条って…何かの間違いだろ」
王令とはこの国の法の中心となる法律だ。これを違反したものは軍部により拘束されることになっている。そして、バーンの記憶が確かならこの百三十二条には「国にとっての重要人物を監禁行為」について書かれているはずだ。
「ここに何処に重要人物が居るって言うんだ」
「そこの青髪の子だ」
隊長らしき人物がアリアをチラ見した。
アリアは怖がりクライシスの後ろへと下がり隠れてバーンの裾を強く握る。
「おいおい、こんな嬢ちゃんがかい?それに、この子は一年前からここに居る子だ。もし、百三十二条に該当する人物だとしてもなんで今さら…」
「………さぁ、ご同行を…」
「…答えられんか……しかしな、納得がいかないのにほいほい付いて行くわけにはいかん」
「これは任意同行ではない。命令だ。逆らえば王に逆らうことになるぞ」
しばらく続く無言の睨み合い。もし、無関係の人間がここにいたら必ず逃げ出したくなるような重い空気が広がる。
「隊長、こんなやつさっさと殺ってしまいましょうよ」
そんな重い空気の中、お面でも被っているのかと錯覚してしまうような狐目のニコニコした満面の笑みを浮かべたクライシスと同じ歳ぐらいの男が前に出てきた。表情とは裏腹に驚くほど言葉に感情がこもってない。様々な人間を見てきたバーンでさえもぞっとしてしまうような雰囲気を持っていた。
「まぁ、まて、ガリウス」
「わかりました…なんてな」
「な…」
ガリウスと呼ばれた男は隊長の言葉に従うとみせかけた刹那、腰に携帯していた短剣を抜きバーンの喉元を向かって突き刺してきた。
バーンは反射的に突き刺してきた腕を右手で往なす。
「おぉ。やるねぇ」
「ガリウス!どう言うつもりだ!」
「良いじゃないですか。僕は戦いたいんですよ。前の戦争にはいけなかったし」
隊長が止めに入るもガリウスは隊長の命令を全く聴く気が無い。
それどころか、サイドアームズである短剣をしまい、今度はショートソードを抜き構えてきた。
相手は剣を持ちこちらは丸腰ときた。それに、自分一人ならばこの中を突破できるかもしれない。しかも、今は後ろにはアリアがいる。
冷静さは無くさず、突破口を必死に考えながらガリウスを睨みつける。
「それにあんた強いんだろ。なんたってグリード大戦の英雄…最高だ」
「止めろ!命令が聞こえんのか!ガリウス!」
「あー、うるさいなー。要は、この青髪の子を保護すれば良いんでしょ。なら多少の戦闘行為は問題ないですよね」
「またお前は軍法会議を受けたいのか!」
「……はぁ、しかたない。それを言われると仕方ない…あんな罰はもう勘弁願いたいし…命拾いしましたね。お前」
今まで、ニコニコした顔は崩さず感情のこもっていない口調で言っていたのに関わらず、剣を納める時だけは心底つまらない表情をし、溜息を吐き、後ろへと下がった。どうらや戦闘は回避されたそうだ。
「すまない。うちの部下が失礼なことをした」
「全く勘弁してほしいもんだな」
「ならば同行してください。私は貴方を尊敬していた。だから戦いたくは無いが、同行して貰わなければ私も戦わなければならない」
あの変わった男だけならまだしも、隊長クラスの男と二人を丸腰で相手するほどバーンは馬鹿じゃない。
返事は一つしかなかった。
アリアの頭を優しく撫でてから…
「わかった」
とバーンは言った。
第六章「取引」
『クライシス!お前の親父さんが捕まった!』
翌朝、グレンの大声で目を覚ました。
自分にとって信じられない言葉でまだ自分が寝ぼけていると思ったほどだ。しかし、すぐ頭を回転させ、扉を開けてからグレンに確認を取ったが寝ぼけてなどいなかった。
「嘘だろ…」
「クライシス、軍部に行け。お前さんの親父が捕まるなんてなんかの間違いだ」
何かの間違いだとクライシスも思いたいが、一年前の村の虐殺行為をした事件が頭から離れない。例え間違いだとしても今のこの国ではそれが真実となってしまうからだ。
「隊長には俺から言っておくから兎に角今は軍部にいけ」
「あぁ、すまない」
すぐさまウォール騎士団服を着て最低限の武装だけを携帯する。あまり使いたくないウォール騎士団の特権もここでは役に立つかもしれないと考え、普段は持たない階級章をしっかり持つ。
部屋を飛び出し、外に待機させてある馬に飛び乗ると…
「私も行く…」
同僚であるローラもクライシスの後ろに飛び乗ってきた。
「な、なんでローラまで来るんだ」
「……バーン様は私が尊敬してた戦士…それにクライシス…私も何か手伝えるかもしれない」
「……任務は?」
「今日は非番」
無関係な人間を巻き込むのもどうかとクライシスは思ったが今はそんなことを言う時間すら惜しい。
「そうか、なら行くぞ。振り落とされるなよ!」
「誰に言っている!」
二人を乗せた馬に鞭を打ち、全速力でエンセント城内にある軍部へと向かった。
城の正門まで到着すると身分証を見せる。馬を門兵に引き渡すとクライシスとローラは軍部へと走った。
軍部は正門からかなり離れているにも関わらず、軍部まで息も切らさず走りきった。
軍部の施設入口には二人ほどの門兵が立っており、入ろうとしたところを止められる。
「止まれ。所属と名前を言え」
「ウォール騎士団所属・第十二騎士クライシス・ロジャーだ」
「同じく第十三騎士ローラ・シルバーク」
「ウォール騎士団でしたか。お疲れ様です」
「昨日、バーン・ロジャーと言う人物が捕まったはずだ。そのことで確認を取りたい」
「…少々お待ちください。今聴いてきますので」
門兵の一人が施設の奥へと消えて行く。
「…確認が取れました。こちらへとどうぞ」
それから五分ほど待たされ、先ほどの門兵が戻ってきては二人も施設内へと案内される。
入口付近は豪華に装飾はされていたものの、奥に行くほど質素な廊下へとなっていく。
いくつか部屋があるが、その中の一つに大きめな扉の前へと案内された。
軽くノックすると
「どうぞ」
と返事が返ってくる。
ゆっくり扉を開ける
部屋は書類関係や本などが散らかっていた。
「汚い部屋ですまないな。私はどうも部屋の掃除などが苦手でね」
部屋の中央には書類で散らかっている大き目な机が存在し、そこに一人の男が座っていた。
「私は中央特殊部隊総指揮担当のジャミル・エル・ウォークライ大佐だ」
「ウォール騎士団・第十二騎士クライシス・ロジャーだ」
「同じく第十三騎士ローラ・シルバーク」
ジャミルと名乗った男は椅子を二つ用意し、座るように指示してきた。
ジャミルは、体格はいかにも軍人らしい体格をしていたものの、軍人には似つかぬ何処か優しい雰囲気を持っていた。
二人は椅子に座るとジャミルは一回頷いては口を開く。
「君達の評判は聞いてるよ。こないだの戦争は大変お世話になった」
「……ジャミル大佐…聴きたいことがあります」
「う?あぁ、バーン・ロジャーのことだよね。私も命令が来た時は驚いたものだ。あのバーン殿がねぇ…」
バーン・ロジャーの逮捕に関する書類らしきものを手に取るとクライシスに手渡してきた。そこにはバーン・ロジャーの罪状などがかかれており、ざっとクライシスは目を通した。
「百三十二条って…何かの間違いだ!重要人物監禁なんてあるはずが……」
「青髪の子だよ。確か…アリアと言ったか。名付け親は君だそうだね」
書類を目を通し終わった所で否認しようとした瞬間、言葉を遮り笑顔でジャミルは言った。
「アリアだとっ!ふざけんな!確かに孤児の所を俺が拾ったさ。でも、重要人物だとしたらなんで一年も音沙汰がなかったんだ!」
アリアと言う単語が出た途端にクライシスは椅子から立ち上がりジャミルを睨みつける形で見下ろす。
「いやいや、私に聴かないでくれよ。これは王からの命令でね。だから私にもそれはわからん。全く、最近の王の考えてることはわかんないことだらけだよ」
「王…また王か…もうまっぴらだ!王からの命でどれだけ民衆が苦しんだと思ってるんだ!」
「言葉に気を付けたまえ、クライシス君。君は仮にもその王直属のウォール騎士団に所属してるわけだ」
「………」
「まぁ、それは置いておこう。さて、君の父上…すなわちバーン・ロジャーの件は私に任されていてね」
ジャミルは椅子から立ちあがるとクライシスとローラの周りをゆっくりと歩き始める。
「彼を裁くには私にも大変心苦しい」
「……何が言いたい」
「察しが悪いね」
「つまりは、バーン様を殺すにも生かすにも貴方次第だと…」
今まで黙っていたローラが震えた声で口を開いた。
「そう言うことだ。ローラ君。賢い女性は嫌いじゃないよ」
「何処まで貴方は人を見下せばっ!」
いつも冷静なローラからは想像がつかないほどの表情にてジャミルを睨みつける。
どうやらこの二人は知り合いのようでクライシスにはどの様な関係かは想像も出来ず、ただローラとジャミルの二人を見ることしか出来ないでいた。
「おいおい、人を悪者の様に言って貰っては困る。私はただ取引がしたいだけなんだよ」
「取引…?」
クライシスが眉をひそめて聴き返した。
「そう取引さ。君が今言った通り、この国は王の度重なる無茶な命令で衰退していっている。このまま行ったら、国自体が持たないことは誰が見ても明白だ」
「………」
「私はね、国を代表してクーデターをしようと思ってるんだ」
「何を考えてる…」
ローラは立ちあがるとジャミルの胸元を掴み鬼の形相で睨みつけた。
その形相をあざ笑うようににっこりと笑う。
「いやはや…ローラ君、私とて、国に尽そうと思い、この道に来た身だよ。何も裏など無い。ただ、本心で『誰かがやらねばならない』と思っただけだ」
「お前がそう思うはずがない!」
「まぁ、信じてくれとは言わない…ただ、君達…特にクライシス君、君は良い同志になると思うがな。なんたって私達と同じくこの国に疑念を持っている。それに断ってくれても構わないよ。断ったらバーン殿がどうなるかわからないけどね」
「き…貴様っ!」
ローラが腰に着けていた短剣に手を掛ける。それを止めるようにクライシスはローラの手を掴んだ。
「やめろ、ローラ」
「クライシス!止めるな!」
「冷静になれ、いつものローラらしくないぞ。ここは軍部だ。ここでジャミル大佐を刺してもただ捕まるだけだ」
「…っ……」
収まらない怒りをなんとかローラは納め、強くジャミルを押して引き離せば椅子に座った。
「…ジャミル大佐」
「なんだね?」
「協力したらバーンとアリアは助けてくれるんですね」
「バーン殿の釈放は約束しよう。ただ…」
「ただ…?」
「アリアだけは王に引き渡したみたいでね。私の力としてもどうしようもない…。だからアリアを助け出すなら猶更、王を討つしか方法はない」
確かにジャミルの言う通りだ。軍部に囚われている身だったとしたらそこに乱入して二人を助けようともクライシスは考えてはいたが、王の元に行っているとなるとクライシス一人ではどうしようもない。アリアまで助けようとしたら最早この男の提案に乗るしかない。
「勝てるのか…この戦い…」
「私はね。勝てる戦いしかしない主義だ。軍部の過半数は言いくるめた。実行日は2日後…それまで君達はここで拘束させてもらう。罪状はそうだな…私への侮辱行為で良いかね?」
「…信じますよ。その言葉」
「クライシス!こんな男を信じるのか!」
「ローラ、信じるも何も俺には選択肢は無いんだ。俺は師匠とアリアを助けたい。ただ…それだけだ。…ジャミル大佐。ローラは関係ない。参加するのは俺だけじゃないはずだ」
「うーん、彼女も貴重な戦力になると思ったんだがな…わかった。君だけで手を討とうじゃないか」
ローラは椅子から急に立ち上がると体を震わし、唇を噛みしめながらジャミルに詰め寄る。
「わ、私も協力する!」
「ローラ…?」
「おぉ、私は大歓迎だよ」
「ローラ、本当に良いのか。お前は関係ないじゃないか」
「うるさい。もう決めたことだ。私はお前に着いていく。お前が嫌だって言ってもだ」
「…………」
「それじゃ…話が纏まったところで作戦内容を説明しよう」
ジャミルの作戦説明によると、軍部のはまだクーデターに賛同していない上層部も多く、城の最下層に向かうまで必ず防衛網を張られる。
そこでジャミル率いる中央特殊連隊は正面突破で防衛網撹乱作戦に移す。
そこで、一部の軍部の連中しか知らない抜け道を使いクライシス達が率いる別動隊がそこから王室へと攻め入ると言う魂胆だ。
「ちょっと待ってくれ!この作戦だとこの抜け道でも防衛網引かれる可能性が高い。しかも、ヴェルディ隊長だった真っ先に防衛網を張る。少し、ウォール騎士団寮から城まで離れてると言ってもこれじゃ挟み撃ちにあう」
「そこは大丈夫だ。王室への防衛網は必ずこちらへと来る。実はスパイを何人か引き入れてね。隊長格がこちらに防衛するように指示するはずなんだ。もし、挟み撃ちになったとしても君はウォール騎士団ではトップの成績と聴く。それと、ローラ君も私から見て腕っ節は立つ。何名か護衛兵を付けるし、それに私の秘策の助っ人を用意する。性格はあれだが…腕だけはかなり立つ。その部隊ならウォール騎士団が防衛引いても突破出来るはずだ」
秘策の助っ人ってのがクライシスは引っかかったが目の前の男の余裕な表情を見ていると思わず納得してしまう。
「わかった…俺達は王を討てば良いんだな?」
「そうだ。君達の武器は後で部下に持ってこさせる。それまでは牢で大人しくしといてくれよ」
ジャミルが手を大きく叩くと扉が開き、ジャミルの部下だろう剣兵が何名か入ってくる。
「大佐、どうされましたか」
「うーん。この二人が少し無礼なことを言ったのでね。ちょっと牢まで連行してくれ」
「了解しました」
「さぁ、こい!」
「大佐、約束は守ってくれよ!」
「あぁ、私は約束は守る主義だ。安心したまえ」
ローラとクライシスは剣兵に抵抗も無く捕まり、部屋から連れ出される所でクライシスはジャミルに大きく叫び、その後、牢屋へと連れて行かれた。
第七章「約束」
二日間、ローラとクライシスは牢獄に収容された。
ただ、寝るベッドと用を済ますだけがあるだけの質素な作りの牢獄だ。
光もあまり届かない地下に作られている為か日中でも肌寒く、夜になると数少ない外に繋がる窓から零れる月明かりだけとなる。
今夜は満月でいつも以上に周りを見渡しやすい。
「なぁ…」
クライシスはベッドから起き上がると、自分にとって反対側の牢に居るローラに話かける。
「なんだ」
「その…なんだ。今更ってのはあるけど、お前、本当に良かったのか」
「またその話か…」
この二日間、クライシスはローラといくつか
会話――会話と言ってもクライシスが一方的に話かけるだけ――があった。
バーンとの思い出、アリアとの出会い…。
一方的に何か話していないと不安感が締め付けてきて堪らなくなったからだ。
そんな中、何回か今と同じ様な質問を投げかけてみた。その質問を投げかける途端にローラは黙り、そこで会話が途切れてしまった。
今回も返事は無いだろと思い込んでいた。しかし、言葉が返ってきた。
「幼い頃、私には兄が居た。私の家は名家でね。俗に言う貴族と言うものさ。ある日、兄はこの国の為に家の反対を押し切って軍に入ったんだ。剣の腕は今思い出しても強かった。優しくて、肉体的にも精神的にも強い兄は私にとって憧れだった」
暗闇の中ただ淡々に昔を懐かしむような声でローラは語りはじめた。
「だけど、八年前のグリード大戦で兄は戦死したんだよ。それから兄の意思を継ぐために私は必死になって剣の修行をしたんだ。軍部に入ろうと軍部まで行ったこともある。だけど、女性である私は相手すらされなかった。悔しかった。私は悔しかったんだ。だから実績を作るため、武道会に出たんだ。そこで優勝すれば軍部の連中も見直してくれる。そう私は思った」
暗い為にローラの表情は見えないが声が震えているのがクライシスにはわかった。
「結果はお前に負けてしまった。優勝出来なかった私に価値なんか無い。軍部の人間はそう言って私を突き放したよ。父も母も、友人も誰も私を認めてくれる人がいなかった。そんな時にお前は武道会が終わった後も声をかけてくれた」
ローラが言っていることはクライシスにも記憶が残っていた。
バーンとの修行の後、へろへろになって家に帰る途中で偶然にもローラと道端ですれ違った。
大会で胸を躍らせる気持ちにさせてくれた相手だったのでしっかりと顔を覚えていたこともあり、なんとなく声を掛けてみることにした。
「よう。大会ぶりだな」
「あ…お前は…」
「クライシス・ロジャー。俺の名前だよ。確か…ローラって言ったけ」
「…名前、覚えていてくれたんだな」
「そりゃ、お前強かったからな。正直決勝で当たった相手よりお前のほうが強かったぜ」
「そうなのか…」
「あぁ…まぁ、また機会があったらお手合わせ願うよ。じゃな」
クライシスにとっては何気ない会話。しかし、ローラにとってはその会話が救いになったのだろう。
自分にはしっかりと認めてくれる師匠がいたクライシスだったが、ローラは認めてくれる人が周りに誰もおらず、それでも孤独に耐えて必死に頑張ってきた。それは途方も無く辛かったはずだ。改めてローラが『強い』人間だとクライシスは思う。
「あの時の会話…私はほんとに嬉しかった。自分を認めてくれる人が存在してる人がいる。この人と一緒にがんばって行きたい。そう私は思ったんだ。だから私は腐ることなくウォール騎士団に入団をしたし、今回の件はあの時の恩返しだ」
「恩返しって言われてもな…」
ただ自分にとっては会話しただけなのに恩返しと言われてもクライシスには実感がわかなかった。そんなことで人生を左右するかもしれない自分のことに付き合わせて良いのかとどうしても思ってしまう。
「私のことは気にしなくて良い…私はお前の為に尽くしたいんだ」
「…………ありがとう。ローラ」
「礼なんていらない」
「あのー、良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど」
いきなり暗闇からローラとクライシス以外の声がした。
「そろそろ作戦の時間なんだよねー。これが」
気配を完全に消していたのか完全に暗闇に溶け込んでいた為にはたから見たらいきなり現れた形となった。
気配をここまで消せることが出来る相手にクライシスとローラはこの男がジャミルが言う『秘策』の男だと容易に推測出来た。
男は鍵を使って牢を解錠するとクライシスの前にクライシスの愛用の剣と短剣、ダガーナイフ類を投げ捨てた。
「君の寮からいくつか回収しておいた、装備品だよ。君が使うかもしれないと思ってそれ以外のものも用意しておいたから、使うと良い」
「…感謝する」
「あ、自己紹介が遅れたね。僕はガリウス。ガリウス・ローランド。階級は少尉ってことになってる。よろしくね」
男が近づいてきて漸く男の顔が見ることが出来た。
男としては少し髪が長めで、中肉中背。軍使用のマントを纏っているがおそらく防具を着こんでいる。歳はクライシスと同じぐらいだと外見から想像が出来た。しかし、クライシスが一番驚いたところは、まるでお面を被っていると錯覚してしまうような狐目な笑顔をしていたところだった。
いったいどれだけ感情を殺せばこの顔を出来るのだろうか。
「あぁ、そうだねー。作戦説明は受けたとは思うけど…君達に取っては悪い知らせがあるよ」
「なんだ」
「僕達に敵対する軍部の連中が先にジャミルを拘束しようとしてきた。ここじゃ音は聞こえてこないけど、戦闘行為はもう行われているね」
「なっ…話が違う。俺達は先制攻撃をしかけて混乱させるはずじゃなかったのか!」
「仲間だったやつが一部裏切ったんだよ。全くジャミルもうっかり屋さんだよね。まぁ、僕はこれで強いやつと戦えそうだから良いけどね」
「ウォール騎士団は?」
「あー、もう実は王の護衛に付いてるみたいなんだよね。一部のウォール騎士団の団員が戦闘への介入が確認されている。僕達も遭遇するかもね。ウォール騎士団にさ」
「作戦の中止は?」
「中止命令は出てないよ。幸いにも僕達の突入経路の警護の連中はなんとかなったからね。まぁ、僕は戦ってもよかったんだけど。それにここまで戦闘行為になったら当初の予定通りに動くしかないっしょ。あ、後…」
クライシスはガリウスから作戦変更点の説明を受けている間にテキパキと装備品を装着していく。
潜入経路の若干の変更。
当初、護衛人はガリウスと中央特殊連所属の3名の兵隊だけだったが、それを6名まで増やしたそうだ。
「大丈夫、こいつらは僕よりは弱いけど、他の軍部の連中よりは腕が立つよ」
ふと、ローラの方の牢屋の方へ目を移すと、その護衛人らしい二人の男が同じように作戦を伝えているみたいだった。
「さて、何か質問はないかい?」
「…ジャミル大佐の部隊は大丈夫なのか」
「あー、大丈夫だと思うけど、きつそうだねー。まぁ、僕には関係ないし、興味ないし、どうでもいいことだけど」
仲間が苦戦しているのに表情が籠っていない不気味笑みで呟くように言い放った。いったい、どんな神経しているんだとクライシスは思ってしまう。
「じゃ、時間無いし行こう。あ、そうそう…」
ガリウスが牢から出てクライシスも牢屋の外に出る。ふとガリウスは振りかえると
「王の首を…刎ねろ…だってさ」
その言葉が暗闇に響いた…。
この城は他国の城とは違い、不思議にも各施設は地下に作られていた。
もともとは鉄を掘るために作られた道を応用して作った、王が暗闇を好むためといくつかの説が存在しているが、真相は誰にもわかってはいない。そしてこの城において王の下へ向かう道は二つある。
正門から続く王宮へと繋がる階段を降りていく道。それとは別にいつ誰が作成したのかもわからず、限られた人間しかしらない道が存在しており、そこは牢獄から繋がっている。
そこから王の間へ奇襲を始めたと同時に一気に行く予定だった。しかし、最初に攻撃したのがジャミル側じゃなく、王側となると話が変わってくる。
こちらの情報が筒抜けと言うことがこの状況から見て明白だ。
「ヴェルディ隊長の部隊は多分、この道に防衛線を張っているだろうな」
人が二人で横に並べるか並べないかぐらいの狭い道を進みながらクライシスはぼやく用に言った。
「だろうな…通常通りの配置だとヴェルディ部隊はこちらで、グレンの部隊はジャミル部隊と交戦中…となる」
後ろにクライシスと同様に歩いているローラがいつもの様に冷静な声でクライシスのぼやきにきっちりと答えた。
「それはあくまで通常通りだろ?ほら、今君たちが居ないんだし配置変えてるかもよ」
とクライシスの前を歩くガリウス。
顔はクライシスから見えないが、きっと今もあの薄気味の悪い笑顔な表情をしているに違いない。
「それに僕はやっぱり嬉しいかな。あの天下なウォール騎士団の面子と戦えるんだし」
「…そう簡単に言うな。俺たちからしたら相手は同僚なんだ。やり辛いってもんだ」
「『元』同僚だろ。君はもう僕達の仲間なわけだし、その当たり割り切らないとねー。やっぱり。まぁ、裏切ったら…」
ガリウスは歩いてる道中にいきなり振り返れば短剣をクライシスの首元に付きつけてきた。クライシスも反射的に短剣を抜き付きつけてきた短剣に対処しようとしたが、間に合わず後紙一重のとこでガリウスの短剣は止まった。
「僕は君を斬るけどね。そう言う命令も出てるんだ」
「俺を殺れると思ってるのか…」
「出来るよ。少なくとも、僕は君より強い。同僚と戦うことに躊躇ってるあんたなんかに負けるはずがない。はぁ、まったく、ウォール騎士団トップクラスの人間って聴いてたのに心底残念だよ。まぁ、精々がんばってよ。僕達もサポートするし、そういう命令だしね」
短剣を引っ込めると薄気味悪い表情から心底つまらない表情を一瞬だけクライシスに見せてからまた前を向いて歩き始めた。
相手の言葉に反論すら出来なかった。悩んでばかりいる今の自分はほんとに強いと言えるかわからない…そう思えたからだ。でも、今は躊躇いがあっても前に進むしかない。
「割り切るしかないか…」
このまま立ち止まったとしても何もならない。得るものも無ければきっとこの先後悔する。後悔しながら生き続ける。そう自分に言い聞かせながらクライシスもガリウスに続いて歩き始めた。
「クライシス、ガリウスが言ってたこと…その…あまり気にするな」
立ち止まり、ただ黙ってガリウスとクライシスのやり取りを見ていたローラもその言葉をクライシスに掛け、クライシスの後に続いた。他の6名の兵士達も後ろを歩く。
重い沈黙が続く。
その沈黙のせいで、暗い下り坂になっている細い通路が無限に続くのかと錯覚すらしてしまいそうだ。
「さて、ここからは少し、ひらけてる空間になってるはずだよ。そこから洞窟みたいなところを通ったらすぐ王の間だ」
目の前の扉をガリウスが蹴り破ると、今まで狭かった空間とは違い、広く何も無い空間に繋がった。いや、何も無いわけじゃない。正確には何人かの人が空間の中央に立っていた。立っている人間はクライシスとローラは知っている。予測はしていたので驚くこともなかった。
「ヴェルディ隊長…」
目の前で立っている人物。
【ヴェルディ・グリフィス】
本来ならば、クライシスとローラに命令を下す人物であり、現ウォール騎士団団長だ。
「…クライシス大尉、ローラ大尉、そんなところで何をしている」
いつもの様な愛想の無い無表情な顔で、クライシスの元同僚の五名のウォール騎士団団員の真ん中で立っていた。
「…………」
「もう一度、聞く。こんなところで何をしている?お前達は王に忠誠を誓った身のはずだ。何故、反逆者の連中と一緒に居るのだ。説明しろ」
クライシスは自分の今置かれている状況を説明するか迷った。
『説明したら団長だってきっとわかってくれるはず』
そう思いたかった。
しかし、どうしても村人の虐殺事件が脳裏から離れない。
「返事は無しか…」
「これはこれは、ウォール騎士団の方々じゃないですか」
ガリウスが突然、一歩前に出れば不気味な笑みで声を発した。
「初めまして。僕は中央特殊連隊のガリウスです。あ、それで後ろに居るのがですね。僕の部下なんです。以後御見知りおきを…」
「ふん…反逆者の連中のことなど覚える気もおきん」
「そうですか。まぁ、たぶん死ななければ嫌でも覚えると思いますよ」
「どう言うことだ」
「いや、つまり…こう言うことです!」
腰に装着していた剣を突然抜いた刹那、疾風の如きガリウスはヴェルディに近づき、斬りかかった。ヴェルディも咄嗟に剣を抜いてはガリウスからの斬撃を往なした。
ガリウスだけじゃない、ガリウスの後ろにいた兵士たちもガリウスのカバーに回る為、剣を抜きウォール騎士団団員に斬りかかって行く。
激しい剣による攻防が始まった。
斬撃、それを往なし、また斬撃。時には避け、相手の急所をひたすら狙っていく。この繰り返しがどちらかの集中力が切れるまで行われる。隙が出来たとしても味方からのカバーが入る。それは普段の訓練と実践における経験からできる技だ。
もはや、言葉など出てはこず、剣と剣がぶつかる音が響き渡っていた――しかし、ガリウスだけは子供がおもちゃを手にした時のようにはしゃいではいたが―――。
そんな中、後方でクライシスとローラはその戦闘を眺めていた。
「………」
元同僚を斬る覚悟…。先ほど、ガリウスに言われた言葉が離れない。ガリウスの援護に回らないといけないのはわかっている。わかっているはずなのに行動に移せない。
「…クライシス、お前はガリウスと共に先に行け」
「な、何言ってるんだ。ローラ」
「君ができないことはわかっている」
「で、できる、やってみせるさ」
「強がるな。お前は強い。だけど、優しすぎる。そして弱い。だからこんなことはやりたくないはずなんだ」
「………」
「向いていないんだよ。お前はこの世界に。だけど、そんなクライシスが私は好きなんだ。だから変わって欲しくない」
「ローラ…」
背中に背負っていた大剣をクライシスに差し出す。
「剣を交換してくれ。私はもともと大剣を扱うのは苦手なんだ。確か、君は元大剣使いなんだろ」
「あぁ、師匠が大剣使いだったからな。みっちりと技術を叩き込まれた。でも苦手なのになんで、それを…」
「兄の形見なんだ。だから無理して使っていた。今は形振りかまっていられない。相手はあの団長だ」
「そうか……わかった。使わせてもらおう」
腰につけていたロングソードをローラに渡し、クライシスは大剣を受け取った。
「すまない。ローラ」
「…いいさ、私はお前をサポートするって決めたんだ。それに守りたいんだろ?アリアって少女を…じゃ、いけ。突破口は私が作る。それと…」
剣を抜き、ローラは一歩前に出て少し後ろに振り向いてから
「その剣生きて返しにきてくれ」
と言ってきた。
「…あぁ、約束する」
クライシスに今まで見せたこともないような満面な笑みを見せ、ローラは一気にガリウスのところへ走り出す。
「ガリウス!お前はクライシスと先にいけ!」
ヴェルディの斬撃を受け止めては、横に居るガリウスに叫んだ。
「おー、やっと二人での話は終わった?待ちくたびれたよ。まったく」
「良く言う…事前に時間を稼ぐからゆっくり話せって言ったのはそっちだろ」
牢屋から出る時にクライシス、ローラどちらがヴェルディ部隊を引きつめるか決めろと言う話がローラだけ聞かされていた。
その命令を聞いた時から、『自分が残ろう』と決めていた。
牢屋で散々聞かされたアリアと言う話。
その話からアリアを助けたいと言う気持ちが十二分に伝わってきた。その気持ちを無碍にできない。そして、クライシス力になりたいとローラは心の底から思えたからだ。
「じゃ、僕は行くよ」
「いかせるか!」
前に勢いよく走り出したガリウスを止める為に剣を振ろうとした瞬間に容赦の無いローラからの斬撃が襲う。
「ぐぅ…」
開いている左手でもう一つのロングソードを抜き。ローラからの斬撃を受け止めるヴェルディ。
「余所見はしないことだな」
「ローラ大尉…貴様!」
次なる相手からの横からの斬撃を後ろに引くように回避する。その時、前のほうでガリウスと無事に合流できたクライシスが見えた。
「誰でも良い!その二人を止めろ!」
「行かせない!シルバーグ家の名の誇りに掛けていかせるものか!」
「ならば、ここでその誇りを抱いたまま死んで行け!」
相手は双剣使いで有名なウォール騎士団の団長。それに持ちこたえてはいる周りの味方も長引けはきっと耐えられない。
自分が何処までできるかわからない。
「死なない!私は約束したから生きてクライシスと会う」
でも、約束の為に死ぬわけにはいかない。
横から隙を付いてきた顔見知りの団員に、ダガーナイフを投げた。首元に命中し、即死させる。
『生き残る為に相手を全滅させる』
そう強く決意したローラはヴェルディに剣を振った。
第八章 「戦士vs狂戦士」
ウォール騎士団の連中をローラに任せてから洞窟の様な――正確には暗くて良くわからない場所―――所をガリウスが前を走り、クライシスが後に続いて下りの道を走っていた。
「はぁ、道役じゃなかったらあのヴェルディって男と戦えたのにな」
戦えなかったことを後悔しているのかさっきからガリウスは溜息を吐いてはそのことばかり呟いている。
敵兵がいるかもしれないと身構えていたクライシスだったが、どうやら杞憂で終わりそうだ。前がうっすらとしか見えない場所において周りから人の気配を感じない。よほどうまくジャミルは手回しをしたのだろう。
「さて、そろそろこの道も抜ける。そしたら一気に王の間だ。多少は兵隊もいるかもしれないけどね。君ならだい……止まれ」
ガリウスが走るのを止め、立ち止まる。当然クライシスも立ち止まってはガリウスが感じた気配を感じとっていた。
「よう。クライシス。こんな暗い所で何やってんだ」
暗闇から現れた男。クライシスも良く知っていた男だった。
「グレン…」
「何処行くつもりだい?」
ガリウスが剣を構え、問答無用に斬りかかろうとしたところをクライシスは止めた。一回、グレンから顔を逸らすと
「グレン、聞いてくれ。俺は今から王を討つ」
「……本気…なのか。クライシス」
「あぁ、お前だって見たろ!村人の虐殺、友国との戦争行為!みんな王の命令だ」
「…………」
「俺はそんなことをする為に剣を握ったんじゃない!ウォール騎士団に入ろうと決意したんじゃない!グレン、お前だったらわかってくれるはずだ。俺と同じ様に苦しんで…」
「知った様な口で言うんじゃねぇ!」
いつもの様なグレンの陽気な表情では無く、クライシスの言葉を遮り、顔に憤激の色が漲っては怒鳴ってきた。きっと自分のことをわかってくれると思っていたクライシスには予想外の反応だった。
「お前に俺の何がわかるってんだ。俺が王の命令をこなす覚悟が無いとでも思ってんのか。クライシス、俺はお前のことを見ていつもイライラしていたさ。中途半端な正義感。腕っ節は立つが精神面が弱すぎる。そんなお前が俺は大っ嫌いだ」
「…………」
自分と同じ考えを持っている自分にとって掛替えの無い戦友だと思っていた相手に今クライシスは全否定されている。
血が出るぐらい唇を噛みしめ、悔しさを抑えつつも、剣を構える気にはクライシスになれない。
「グレン…お前とは戦いたくはない。引いてくれ」
「逆だよ。クライシス。俺と戦いたくないと言うならお前が引くべきだ」
グレンは腰に帯刀していた双剣を二つとも抜き、クライシスに向かって構えた。
「さぁ、これ以上の話し合いは無意味だ。お前にも事情があるかもしれない。でもな…お前は反逆者で、俺は反逆者を斬り捨てる者。とても簡単な図式だ。クライシス。その手に持ってる剣を構えろ」
「グレン…」
殺気…明確なる殺気がひしひしグレンから伝わってきた。
『やるしかない』
そう思ったクライシスが剣を構えようとした。
しかし、ここで剣を構えてしまったらローラの想いが無意味となる。
ローラの剣を見つつ、必死に葛藤してる中、今まで黙って見ていたガリウスが二人の間に入ってきた。
「クライシス…こいつは僕の獲物だ。道案内ももう終わったし、きっと王は弱いだろうから、僕的には王を討つとか興味ないしね」
「何を言い出すんだ。ガリウス」
「行けよ。君には君の与えられた任務があるわけだ。それに…」
俊敏な足でグレンと一気に間合いを詰めて急所を確実に狙うように斬りかかった。
グレンはそれを簡単に右手の剣で往なす。
「こんな楽しそうな相手、僕一人で独占したいじゃないか!」
子供に玩具を与えたような不気味な笑みを浮かべて次の攻撃へと移る。注意を引きつける為に懐から手投げナイフを取り出せばほぼ近距離で投げつけるも左の剣でそのナイフを叩き落とすだけじゃなく右手の剣でガリウスの喉元に付きつけてきた。当然、その攻撃を横に飛んで回避しては今度はガリウスが右脇腹を狙って斬撃を入れた。
その結果は左の剣で簡単に防がれた。
「何してんだ。早く行きなよ。クライシス。戦いたくないんでしょ」
一回後ろに下がり、ただ戦闘を見ていたクライシスに怒鳴りつける形で言った。
「………わかった」
グレンとはもう説得のしようがない。そう悟ったクライシスは自分が今出せる全速力でグレンの横をくぐり抜けようとした。
当然、容赦のないグレンからの斬撃が飛んできたものの、『ローラの』大剣でそれを簡単に往なす。次の攻撃も来ると思ったがガリウスがそれをさせなかった。
「おっと、追わせないよ!」
追いかけようとグレンが体制を取ろうとした所に容赦の無いロングソードによる突きをガリウスが入れる。軽やかに攻撃を避けては後ろに下がり間合いを取るグレン。
「君は僕と遊ぶんだよ」
「遊ぶ…?上等じゃねぇか。お前を殺してクライシスを追いかけてやる」
「ははは!そうこなくっちゃねぇ」
ガリウスがまた動きだしたと思えば右左にランダムで走る。
目くらましにダガーナイフを投げたと思えば、間合いを一気に詰め、真正面からの斬撃。
最小限の動きでダガーナイフを叩き落とし、真正面から来る斬撃を右手の剣で受け止めた。
次の攻撃を予測して左手から短剣を抜き出せば、左から来るもう一つのグレンの剣に当てて、剣の軌道をそらす。
「良いね!その動き、あんた最高だよ!」
「戦いに狂ってんのか。お前!」
「狂ってる?いいや、僕は殺し合いを楽しんでるだけだよ。あんたみたいな強い人間と僕は戦いたかったんだよ」
「…そうか。ならグリード大戦の生き残りの力見せてやるよ。存分に楽しみやがれ!」
一瞬でも気を抜けば急所を斬られる。しかし、おたから見ればお互い最小限な動きで斬り合いが続く。
九章「真実」
暗闇の空間から抜けて、目の前の扉を蹴り破れば、目に前にクライシスは今まで見たことが無い空間が広がった。
どうやら廊下らしいが、廊下全体が大理石でも出来ているのかと思うほど平で、歩きやすく、そして壁には何か所か四角い黒い物体が埋まっている。
「…なんだ、ここは…」
奥に進んで行く。こっちの方向で合っているのかわからずに進んでいたが途中から王の護衛兵らしき兵も確認できた――もっとも後ろから気絶させたり、ウォール騎士団の団員と言う形でやり過ごしたが―――。
王の間が何処かすらクライシスはわからない。
気絶させる前に護衛兵に王の間の場所を聞き出したが、この廊下をまっすぐいけば王の間らしい。
そして、どんどん歩いて行くと、通路はだんだん広くなっていき、目の前には大きめな扉が現れた。
「妙だな…」
普通ならば王の護衛兵があの扉の前に立っていてもいいはずなのに今は人一人いない。これもジャミルによる工作のお蔭なのかもしれない。しかし、いくらなんでも内部工作でも限度がある。
先ほどからこの周辺に兵がいなさすぎる。これでは侵入を自ら許しているようなものだ。
「罠か…?」
罠も考えたが罠としても考えにくい。向こうは城の利があり有利な状況だ。それをわざわざ捨ててまでこんな罠をするなんて通常ならばする必要が無い。
「…………」
いくしなかい。結局は罠だろうが、後ろで仲間が戦っている以上、突き進むしかない。そうクライシスは思ったため、扉の前まで来るとゆっくりと扉を開けた。
部屋の中は廊下の様に独特な少し広い空間だった。椅子のようなものがいくつかあり。黒くて四角で覆われた壁がいくつか存在した。
「………」
その部屋の装飾に何の意味があるのかクライシスには解りはしなかったが、警戒しながら部屋の奥へと進む。
「やぁ」
部屋の奥から声が響いた。
「待っていたよ」
奥にある椅子に一人の男が座っていた。その男を見てクライシスは驚愕した。
髪はアリアの様なすべてを呑み込んでしまうほどの美しい青髪、青眼。何処かアリアに似ている男性だった。
「待っていた…?」
「そう待っていた。クライシス・ロジャーだろ?この子がずっと君の名前を呼んでいたからね。待ちくたびれたよ」
「アリアっ…!」
「アリア…?あぁ、この子のことか、心配しなくてもこの子は生きているよ。死なれては困るからね」
男の横には服がボロボロの姿になり果てた、倒れているアリアの姿があった。その姿を見て思わず駆け寄りたい衝動に駆られたがそれを押し殺し、目の前の人物を睨みつけ、
「お前は誰だ…?」
と答えが分かりきっている疑問を投げかけた。
「私かい?私は君達が王と崇めてる人物だよ」
予想通りの答えが返ってきた。祭典などで王が民衆の前に出てくる時は必ず仮面をかぶり、一切喋らない。
もちろんウォール騎士団の入団式にも王は参席
してはいたが、いつも通りのマント、仮面の姿をしていたのでクライシスが王を直接見るのは今回が初めてだった。
「王よ…いや、キール・エル・エンセント。何故、お前は民衆を苦しめた?」
「苦しめた?この私がかい?ははは!」
空間に広がる笑い声。それをクライシスは黙って聞く。
「はははは!何を馬鹿なことを言ってるんだ。私は苦しめてるつもりはないよ。ほら、君達は幸せだろ?そうに違いないんだ」
椅子に座っていた王であるキールは立ち上がりクライシスに近づいてきた。
「私がやることは全部君たちには幸せに繋がっている」
「…正気なのか。あんた…」
「正気も何も…私には君の言っている『苦しめている』って意味が良くわからない。そうか…君は異端者…狂っているんだ。変な妄想に取りつかれているんだね。可哀想に」
自分の行いに間違いなんてない。そう誇っているかのような表情でクライシスを見れば、突然憐れんだ目つきの様な視線で見下してきた。
「ふざけるな!何が変な妄想だ!俺は正常だ。狂っているのはお前のほうだ!」
キールの発言に我慢の限界に達すると、怒鳴りつけ剣を構えるクライシス。
「まぁ、落ち着きなさい。君にはこの子を保護してくれたお礼もあ…」
問答無用で剣を振り下そうとした刹那、
「……なっ!?」
何か『力の様なもの』で突然後ろに吹き飛ばされる形で飛ばされた。慌てて受け身を取りつつ、立ち上がり、キールを睨み付ける。
『何をされた…今…』
必死に今起きたことを考えているうちに先ほどまで頭に血が上っていたのが引いたのが自分でもわかる。
「だから落ち着きなさい。物事はゆっくり進めなければ損をしてしまうよ」
「俺に何をした…」
「……少し昔話でもしようか。うん。今はそんな気分だ。私には姉が居たんだ。とても大好きな姉がね。姉さんはいつも私に優しくしてくれた。でもね、姉さんは壊れてしまった。私を置いて…」
指をパチンと鳴らすと、壁だと思っていた場所が突然光だし、一人の人物が現れた。
「なっ…」
増援かと思い、剣をそちらのほうに向けるがその人物は動かない。否、動かないだけではない。その人物の容姿がアリアの姿にそっくりだった――正確にはアリアをもう少し大人っぽくした容姿だったが―――。
「A Racial Informational Android……通称アリアシリーズ。そうだな。君達の言語で言えば、人種間情報人形ってところだ。それが私たちであり、これはアリアシリーズ、形式番号タイプ1α。コードネーム…エウロパ。私の姉さんだ」
指を何も無い空間で走らせると、一斉に壁や、天井が光だし、今度は正面の壁に目の前の王、キールの映像が映った。
「そして私は形式番号タイプ1β。コードネーム。キールさ」
「な、何を言って…」
相手の言っていることが半分すらわからず、頭を抱え『映し出された』人物と倒れているアリアを見比べる。
そんな理解していないクライシスを無視するかのように――そもそも相手が理解していると思い込んでいるかはわからないが――キールは話を続けた。
「姉さんは優秀でね…私に優しかった。私はそんな姉さんが大好きだった。姉さんと居るだけで私は幸せだった。だけど、姉さんは壊れてしまった。壊れてしまったんだよ。私を置いて、一人で、勝手に!」
穏やかだった口調が嘘のように荒れていく。よほどその姉と言う存在がこの男には大事だったことが話を理解できていないクライシスですらわかった。
「だから私は姉さんを作ろうとしたんだ。ここの施設を半分も失うはめにはなったけどね」
アリアの元へとキールは歩めば、唐突にアリアを蹴り始めた。
「だけど、こいつは姉さんじゃない!性格も、口調も!理論的には姉さんになるはずだったんだ」
「やめろ!」
クライシスもアリアの許へと駈け寄ればこれ以上アリアを傷つけない為にキールを引き離そうとするが…
「……ぐっ!?」
やはり先ほどのように『力の様なもの』で吹き飛ばされてしまう。
「だからこいつを私は捨てた。用済みだと思ったからね。もう姉さんには一生会えないと思ったさ。でも気づいたんだ。姉さんがこいつから出てこないのはこいつ自身の脳波が邪魔しているってね。お前には用はないんだよ。はははははっ!」
痛がっているアリアに追い打ちをかけるが如く蹴りを入れ続けるキール。
『狂っている…こいつは狂っている…』
今すぐにでもこの狂っている王を止めないといけない。王の首を討取らないといけない。でもどうやって?近づこうとしてもこれまでに感じたことのない『見えない力』で吹き飛ばされてしまう。
「キール!今は俺だけだが、そのうち仲間である軍勢が駆けつける。もはや後は無い!無駄な抵抗はやめ、せめて王らしく降伏するんだ。さもないと仲間と共に俺がお前を討つ」
兎に角、今はアリアから注意を逸らす必要がある。クライシスは力の限り注意をこちらに向ける為に叫んだ。その甲斐があってかキールは蹴るのを辞めてクライシスのほうへと再び向く。
「降伏?この私が?はははっ!するわけがない。する必要もない。みんな私に感謝している。賊など、今に排除される。はははははっ!」
満面な笑みを浮かべてはクライシスに近づき、笑い声を上げる。その姿はきっと見るもの全員の背筋が凍るほどの不気味な笑みだ。
「それに君達は私に触れることすらできない。そうだ。私は王だ。完璧だ!完璧なんだ」
自分の世界に入ってしまっているのか目の前にいるクライシスを全く見ていない。
『近づけられなかったら…』
その隙をついてダガーナイフを投げ込む。武器を持たない相手でこの距離だ。普通ならば投げられたダガーナイフは獲物に刺さる。しかし、投げられたナイフは弾かれ、空しくもキールには届かなかった。
「さて、そろそろ、昔話も飽きた。あぁ、そうそう。この子の精神を破壊するのを手伝って欲しいんだ」
アリアの元に歩んでいけば、アリアの横たわっているアリアの髪を掴みあげて立ち上がらせた。
「その子を離せ!」
クライシスの叫びを完全に無視をして、キールの言葉が続く。
「この子の精神をいろいろ壊そうと試したけど、頑固なんだ。これ以上身体的能力を低下させてしまうわけにもいかない……だからとある方法を試してみようと思ってね。それでその方法は君の協力が必要不可欠なんだよ……何、簡単なことだ」
「お前が何を言ってるかわからないが早くアリアを…」
剣を構え再びキールに切りかかろうとした時に、突然、胸のあたりに鈍い痛みが走った。
胸のあたりに手を当てると生暖かい液体の感触。
「がはぁ…」
手を見てみる。
真っ赤だ。口の奥からも食道からこみ上げてきた液体。口の中に広がる鉄の独特な味。
「死んでくれれば良いんだ。な?簡単だろ」
『こいつ…何を…』
激痛が走り続け、立つことすらできず、前のめりでクライシスは倒れた。
第十章「エウロパ」
少女は目を疑った。
痛みと疲労で朦朧とする意識の中、目の前で最も信じられない光景が広がっている。
横にいる男にいろんな精神的な苦痛を受けてきた。それでも、
『クライシスが助けてくれる』
そう思えたからこそ、耐えてきた。否、耐えることができた。
「あははははっ!」
この笑い声を聞くのはいったい何回目だろう。現実を受け入れたくない為に無駄な思考が脳裏を過った。
「いや…いやぁああああああああああ」
クライシスの元へ駆け寄る。地面には夥しいほどの血が広がっている。
「クライシス!クライシス!」
声を必死に掛けても反応すらしない。
血を止めようとして、出血部位を手で押さえるが無情にも血は出続ける一方だ。
「あははははっ!無駄だよ。そいつの心臓の機能はもはや意味をなさない。後、数分もしたら生命反応は無くなるだろうさ」
現実を突き付けてくる後ろの男が憎い。しかし、構っている暇はない。今はなんとかしてクライシスを助けねばならない。でも、どうやって…アリアには医療の知識もなければ、例えあったとしてもこの状況ならどうしようもない。
「誰か…誰か…クライシスを助けて…助けてよぉおおおおおおお」
少女が最も愛しいと想っている人が死にかけているのに見ていることしかできない。いろんな思考が頭を過っておかしくなりそうだ。
『誰でも良い…神様…嫌いなニンジンだって食べます。もう我儘を言わない。クライシスを助けて』
涙は頬を伝い流れ続ける。もう無駄だとわかっていても力いっぱいクライシスの胸に手を当て続ける。
『私なら彼を助けられる』
突然頭に響く、自分自身の声。決して、自分の思考ではない。それだけはわかった。
「誰…」
『私は貴女よ。貴女自身。詳しく自己紹介してる暇はないわ。さぁ、言われた通りにして』
脳内の誰かはクライシスを助ける方法を指示してきた。
少女はそれだけの行為だけで、クライシスを助けられるのか半信半疑だったが、今は言われた通りにやるしか方法はない。
少女は自分の親指を口元に持っていくと、血がしっかり出るように皮を噛みちぎった。
少し痛みが走るもそんなのには構っていられない。すぐさま、クライシスの傷口にその指を突っ込んだ。
『お願い…』
少女は『脳内の誰か』に希望を託し、祈り続けた。
遠のいていく意識、最早痛味など感じない。
寒い、とても寒い。全身から血が抜けて行く感覚が続く。
『俺死ぬのか…』
「クライシス!クライシス!」
微かに聞こえる、アリアの声、霞んで見えるアリアの顔。
こんな少女一人救えなかった。今まで人を護る為に剣を振ってきたつもりだった。結局したのはしたくもない命令を遂行してただけ。
それどころかその行為をローラやガリウスに押し付けた。
それなのに護れない。
そんな無力な自分が憎い。
せめて目の前の少女に
『ありがとう』
と伝えたい。
アリアと会って一年間、クライシスは精神的に助けとなった。だから伝えたい。でも、そんな感謝の言葉すら声に出すことが出来ない。
『ダメか…自業自得なのか……罪なのか…』
今まで多くの人を殺してきた罪なのかもしれない。ならば受け入れよう。こんな自分の命で今まで犯してきた罪を償えるのなら喜んで差し出そう。
目が全く見えなくなった。暗闇だ。
自分が何処に居たのかさえわからなくなっていく。
「クライシス」
声が聞こえた。自分の名前を呼ぶ声、それも良く知っている声だった。
「アリア…?」
暗闇から突然一人の『女性』が現れた。スレンダーな体系をしており、綺麗な青髪で、青眼をしており、アリアよりも背が高い。アリアと出会った時と同じような服装をしていた。
まさしく、先ほどキールに見せられた人物だった。
「そうね。貴方からしたら私は『アリア』ね。私はエウロパ…。アリアシリーズタイプα1よ」
「…俺は死んだのか…?」
「いいえ、貴方は死んでいないわよ。危険な状況だけど、私が今治している最中だもの。ここは言ってみれば貴方の精神の中よ」
彼女は指をパチンと鳴らした。すると、今まで暗闇だったのが嘘のように光が広がり、信じられないほど青くて綺麗な球体の様なものが目の前に広がった。
「これは…?」
「太陽系第三惑星…地球よ。私とキールの故郷であり、私達はそこから来た」
「言ってる意味がわからない…」
「そうね。簡単に言うと、私達はここの大地で生まれたわけじゃないってことよ。ほら、夜に空を見上げると光のようなものが映っているじゃない。それはね。この映像で映っているような球体なものが存在しているの。ここの場所も、私達がグリーゼ581と呼んでいたところも実際はこの様に球体をしているわ」
「………」
「うーん。いまいちわかってないって顔ね…」
エウロパはさらに指をパチンと鳴らす。すると夥しい量の情報が次から次へとクライシスの中に入っていく。
アリアシリーズのこと、地球の歴史、どの様にしてここまで来たのか、そう言った情報がどんどんと入ってくる。
「貴方にだけは知っておいて貰いたかった。だから教えたわ」
「信じられない…こんなこと、信じられるわけがない!」
「信じられなくてもそれが真実よ。私達はね。地球の住人はこの星を調査するために宇宙船でここまで来た。それをサポートするのが私とキールの役目だったの」
先ほど入ってきた情報から彼女が何を言っているのか、先ほどキールが言っていたことが漸く理解は出来た。でも、唐突過ぎてこれが現実なのか夢の中の話なのか混乱してしまう。
「ここに来る道中…問題が起きたの。宇宙船に乗員していた調査員全員…問題が起きて死んでしまったのよ」
混乱している中でも説明は続いた。
「そこで、私達二人で小型艇を利用し、この星に降り立った。その小型艇の中心部、つまりブリッジルームこそが先ほど居た王の間よ。ここに降り立ってから驚いたわ。地球の人間と同じように進化した地球人に極めて近い存在の生物が存在し、文明を築いていたわけだから」
パチンとまた指を鳴らす。すると目の前に広がる映像が消え、再び目の前の女性以外には何も存在しない無の空間が広がった。
「私達は『人のサポート』するようにプログラムされているの。目の前の生物を『新しい人間』として認識し、全力でサポートしたわ。物理的情報介入によって雨を増やしたり、人々に知恵を貸したり…いろいろとね。そうしてるうちに村だった場所が小国になり、大国になっていった。人々は私達のことを神と崇め、王として私達を受け入れてくれたわ。それから二百年年が立った」
ニコニコしていた彼女の表情が突然悲しみに満ちた表情に変わる。
「でも再び問題が起きた。先ほど教えた通り、私達は血液の中には身体をサポートするナノマシンが存在しているの。そのナノマシンがお互いに情報交換し、自意識を形成して、身体のメンテナンスを行っているの。当初の理論的には不老不死のはずだった。でもね…プログラムにバグが私達を蝕め始めたのよ。そのことに気付いた時には遅かったわ。私は身体の起動プログラムが正常に作動しなくなったの。人間で言う『死亡』ね」
ナノマシンにはもちろんプログラムの調整はある。しかし、修正が追い付かないほどのバグの量で自分達にはどうしようも出来なかったことと、キールがあんな行動を取ったりするのは、プログラムバグによるものだと彼女は語った。
「もう彼は自分が何者すらわかってないのかもしれない。ただ、『人をサポートする』と言う要項に従って動いているにすぎないの。だから彼を…彼を機能停止(楽にして)してあげて欲しい」
ポロポロと頬に涙を流しつつ、クライシスの手を取った。本来なら頼もしく見えるはずの彼女はか弱く見え、男性なら思わず慰めて上げたくなるほどの仕草だ。これが人工的に作られたものだと彼には到底思えない。
「こんなこと言うのはおかしいとは思っている…。でも、今は貴方に頼るしかないのよ。お願い…」
「…わかった。俺は元々、王を討つ為にここに来たんだ。拒むことはしない…ただ、近づくことすらできないもにどうやって討てば良い」
彼は剣を構え突っ込んで行った時を思い出す。あの時、『見えない何かの力』何かの力でクライシスは吹き飛ばされた。今ではどの様なトリックだったのか手に取るようにわかる。わかるが、対抗手段がわからない。トリックがわかったからこそ、キールには隙が全くない。むしろ、いつまた自分が同じ様に胸に風穴開けられてもおかしくはないのだ。
「そこは、大丈夫。私がサポートするから。さっきまではあの子自身が無意識に私を抑えていたから貴方を助けられなかったのよ。だから今回は大丈夫…さて、そろそろ時間ね…」
クライシスを安心させる為に、彼女は手を強く握り、
「ありがとう…そして、さようなら…」
突然キスをしてきた。それは儚くて切ないキス。キスをされた瞬間、空間が歪み、酷い頭痛に襲われ倒れこむようにして意識を失った。
第十一章「終焉」
少女の願いも虚しくクライシスは全く動かない。
抑えてる手が痺れてきた。もうわかっている。良くわからない脳内の声に希望を託し、言われるままに処置をしたが、それがどうしたと言うのだ。
「さて、これで討てることはすべてした。さぁ、姉さん…そろそろ目覚めて欲しいんだけどね」
後ろの男が近づいて来ては少女の頬に手を掛ける。
憎い…クライシスを殺したこの男が憎い…。初めて湧き上がる抑えることの出来ない殺意。
空間に乾いた音が広がる。
少女が目の前の憎い男…キールの頬に平手打ちしたのだ。少女はこれぐらいしかすることが出来ない。
悔しさと悲しみが混合した感情が流す涙が頬を伝わせながらも男を睨みつけた。
「…そうか…これでもダメか…全く頑固だな…君はっ!」
男は笑顔の表情から鬼の形相へと変え、見るものは思わず目を逸らしてしまうほど痛々しいほどの威力で少女の頬を殴りつけ吹き飛ばされた。
口の中に血の独特な味が広がる。
「なら君で良い。君が姉さんの代わりになってくれたら良い。そうだっ!そうしよう!」
痛味に耐えている中、髪の毛を掴み、少女を立ちあがらせた刹那…
「………っ!?」
唇にキスをしてきた。もっとも憎い男にキスをされた。少女は抵抗するも男は唇を離そうともしない。
この世でもっとも気持ち悪いキス…少女にはそう思えた。
唇を離した瞬間に何か自分の中が壊れるような感覚がした。
「さぁ、これから私のものになるんだよ。エウロパ…」
「いらない…いらないっ!そんな意地悪なキスなんて私はいらなかった!いらない!クライシス、クライシス!助けてよっ!クライシス!」
「またあの男か…あの男ならっ…」
男は少女に現実を突き付けようとクライシスの死体を見せつけようとし、クライシスが倒れている方向を向く。
「な…何故…」
しかし、死体があると思っていた場所には血が広がっている地面だけが存在し、何も無かった。
「な…何故…」
「よう…」
後ろから男の声が聞こえてきた。先ほど『死んだ』と思っていた男の声だ。
「ありえないっ…心臓を打ち抜いたはずだ…」
アリアを突き飛ばし、後ろを恐る恐る振り向くキール。
すると確かに先ほどキールが殺した人物がキールの前に立っていた。
「クライシスっ!」
生きていた。少女が愛する、死んだと思った男が生きていた。少女の中から絶望が消え、同時に
『言ったでしょ?私なら彼を助けられるって』
脳内からまた『自分の声』が聞こえてきた。
「何故だ…何故っ……は…ははっ!また挑んでくるのかっ!この私に?どうやって生き残ったかは分からないが、何回やっても無駄、無駄、無駄っ!それこそ奇跡でも起きない限り、私には…ぐっ…!?」
容赦の無いクライシスからの殴り。キールの頬にクライシスの拳がめり込む。鈍い音が当たりに響いてその場でキールは倒れた。
「奇跡…?聞け!このポンコツがっ!俺はな…大事な人を護るためなら奇跡でもなんでも起こしてやる!」
「ありえない…何故だ…何故なんだ…私の物理的情報防御機能が回避されているっ…!?こんな男に…っ?この私がっ!?ありない!こんなことありえるはずがない!」
口から出る血を拭いながらもよろよろと立ちあがった。彼にとってこんなダメージは無意味なはずだ。
剣を構える。ローラの剣だ。この剣に今、クライシスは想いを込めた。
「そうかっ!姉さんの仕業かっ!?なんでだ。姉さん!私より、こんな男に……なんでっ!なんでなんだ」
気持ちが軽い…剣を握り、ここまで気持ちが穏やかなのは初めてだ。
「こんなところで…こんな男に…私はっ!」
「ポンコツ…今、楽にしてやる」
地面をおもいきり蹴る。バーンに教えて貰った剣術。ローラに託された剣。その想いがクライシスの力となった。
剣をキールの首元に正確に入れて行く。エウロパが彼の物理的介入を妨害していたおかげですんなりと入った。
最後に
「姉さん…」
と言う言葉を残して首は吹き飛び、夥しいほどの量が噴水のようにキールから溢れた。
事前にエウロパから
『アリアシリーズは不死身とは言え、首を切断されたり、頭を潰されたら完全に機能を停止する。良い?躊躇わずに首を狙いなさい』
とクライシスは説明を受けていた。
これでキールは完全に死んだはずだ。復活することは無い。すべてが終わったのだ。
「クライシスっ!」
アリアが横から抱きついてきた。いつもの様な唐突なタックルに近い抱きつきだ。顔は涙で酷い表情になっていた。それを受け止め、ちからいっぱいに抱きしめた。
「馬鹿、クライシスの馬鹿ぁぁああ。心配したんだから…心配したんだからぁぁ」
涙を手で拭い、アリアを安心させるように笑顔でクライシスはただ一言…
「……帰ろう。アリア…家に…」
と言った。
「うん…うん…」
クライシスの人生で長い長い、戦いが今終わった。
『エピローグ』
軍部によるクーデター事件が終幕してから2年が立った。あれからエンセン王国はタウルスと名前を変更し、絶対王政から国民参加型政治である民主主義として生まれ変わりつつある。
もっとも今はまだ軍部の連中がしきっている最中であったが、クライシスが思っていた以上にジャミルはやり手で、王政派連中を丸み込み、民衆にもきちんと理解を得て行政は行われていた。
そんな中…
「ちょっと!クライシス!火、火!」
「あぁ、すまん!」
いつもの居酒屋の厨房に二人の人物が居た
クライシスとアリアだ。
あのクーデターからウォール騎士団と言う組織は無くなった。王を討たれてからヴェルディ団長は残存兵をまとめ上げ最後まで抵抗を示したが結局は軍部の連中が鎮圧したと言う話だ。
クライシスも軍部からうんざりするほど勧誘が来た。特にジャミル『臨時行政大臣』には中央特殊連隊の隊長になってくれと強く誘われたりはしたが、もう剣を握る気もクライシスには起きるはずもなく、今ではバーンの店を継ぐ為に修行中の身だ。
あのエウロパとキールが言っていたことを皆に言おうか迷ったが、自分自身半信半疑だった出来ごとで言っても周りの連中は信じてくれそうにもなかった為に言わないことにした。
アリアはあの後、しばらく寝込んでしまったが数日後にはいつもの元気なアリアに戻った。二年も立つと身長は伸び、今では立派なこの居酒屋の看板娘だ。
「もう、焦げちゃったじゃない…」
「火力が弱かったから上げてみたけど…難しいな」
「あははは!こいつは相変わらず、料理の才能がないな。なぁ、アリア」
厨房に短い銀髪にバンダナをつけ、ちょび髭をはやしている、いかにも近づくと暑苦しいゴツい男性のバーンが笑い声を上げて入ってきた。
「う、うるさいな…これからうまくなるんだよ」
「さて、料理は俺に任せて、さっさと行け。主催が遅れたらもともこもないだろ」
「お、もうこんな時間か…」
「おう。もうすでにローラと言ったか?あの美人なお嬢ちゃんがもう来てるぞ」
ローラの単語を聞いてアリアはこめかみをぴくっと一瞬反応させたがそれは置いておこう。
クライシスは厨房から急いで出ると店のホールへと向かった。
お世話になった元同僚達にクライシスは食事会に誘ったのだ。連中に久しぶりに会う――ローラは除く――と思うとワクワクする。
ホールに着けば、すでにローラが座っていた。いつもの様に無愛想な顔つきで、軍部、中央特殊連隊の制服を綺麗に着こなしていて、偶然なのかバーンが勧めたのかわからないが、クライシスの特等席に座って水を飲んでいた。
「遅いぞ。クライシス」
ローラはクライシスと約束を交わした後、ヴェルディ部隊と交戦し、自分が持てるすべての力を注いで戦った。
決着は付かず、王が討たれたと報告があったと同時にヴェルディ部隊――部隊と言っても二、三名しか生き残っていなかったらしいが――は撤退し、行方をくらましたそうだ。後少し戦っていたら確実に命を取られていたと彼女自身が言っていた。
「すまん、すまん。料理に手間取って…」
「全く、時間にルーズな男はモテないぞ」
「まだ他のやつが来てないことだし、セーフってことで」
「そう言う問題じゃない!君はいつも、いつもそうやって…」
「おうおう、やってますねー。痴話喧嘩」
呑気な声で店に入ってきたのは左目に眼帯を付けたグレンだった。長髪だった髪が今では短髪になっていた。
王の討たれた後、ガリウスとの戦闘で左目に傷を付けられたものの、ガリウスの戦闘を無事凌ぎ切り、グレンは大人しく降伏をした。戦犯を受けるはめにはなった。だが、自ら降伏し、更にクライシスがジャミルに頼みこんだ甲斐が合ってか、最悪の事態だけは避けられた。今では地元の村を復旧させるように全力を上げて取り組んでいる。
「久しぶりだな!グレン。元気そうでなりよりだ」
「当たり前だろ。俺だぞ?俺。さて、今日はタダ飯だろ。良いね!たっぷり食べてやるから覚悟しておけよ」
「僕もたっぷり食べさてもらうよ」
気配が無かった場所から突然、声が聞こえた。三人で一斉にそちらのほうを向くと二年前とまったく変わりが無いガリウスが立っていた。いつもの様な不気味な笑みをしながらも空いているテーブルへと座った。
「まったく、僕は忙しいって言うのに…」
「嫌なら帰れ!俺がお前の分まで食っといてやるよ」
「何故、僕の分が君なんかに食べられないといけないんだい?」
「あぁ?生意気だな!表でやがれ!」
「一人でいけば?その間食べておいてあげるよ」
「なんだとぉ!?」
ローラがまた始まったかと言わんばかしにやれやれと首を振る。
ローラの話によるとこの二人は会う度にこうなるそうだ。
「おぉ、揃ったか。じゃ、始めるか」
バーンとアリアが料理を持って運んできた。
アリアはローラを見て不機嫌そうな顔をするも乱暴にローラの分の食事をテーブルにおいた。
二人の間に火花が飛び散りそうなほど見つめ合う。大抵はアリアのほうが先に折れて顔を逸らしてしまう。今回も例外は無くそうだった。
この二人はいつも仲が悪いためどうにかできないものかとバーンに相談をしたものの
『そりゃ、お前さんが悪いな』
の一言で済まされてしまった。まったくクライシスには理解ができなかった。
「それじゃ、揃ったところで、食事会を始めたい。食べる前に皆に言っておきたいことがある」
肺に新鮮な空気を入れる為に深呼吸をし、大きめな声で
「ありがとう」
とクライシスは言った。
言った瞬間、グレンとガリウスは一斉に目の前の料理を食べ始め…
『ぶっ…!』
っと噴出した。
バーンとアリアとローラはやっぱりとした表情をし、二人を憐れんだ。
「おい、クライシス!なんだこれ、人間の食えるもんじゃないぞ!」
「まったくだよ。こんなもの僕に食わせるなんて良い度胸しているね…君」
「いや、その…失敗しちゃってな」
「そんなもの客に食わすなぁああああ!」
グレンの叫び声が部屋中に広がった。
平和そうな日常。あの一件以来、クライシスのもやもやしていた気持ちは何処か消え去り、あんなつまらないとしか思えなかった世界が今では楽しく思える。
グレンとガリウスが今でも暴れだしそうな雰囲気なところをローラとバーンが必死に宥めている。
「これで…これでよかったんだよな…」
「クライシス…?」
クライシスの一言に意味深に思ったアリアがクライシスの顔を覗いてくる。
そんなアリアを見て笑顔で
「ううん。なんでもないさ」
と言い返した。
END